金井「モデルは浦辺粂子なんですよ。小津安二郎の『早春』(1956)で淡島千景とあの割といい男…。田浦正巳ね。ふたりは姉弟で、お母さんが浦辺粂子のおでん屋。何で浦辺粂子にこんな子どもがと思うんだけど“おとっつぁんはいい男だったから”という台詞がちゃんとあって(一同笑)」
野崎「失礼な台詞ですね(笑)」
金井「映画はこういうところにも気を遣って、誰だって疑問に思うことにちゃんと答えてる(一同笑)。この台詞は浦辺粂子のオマージュですね。
金魚の娘は、何で金魚にしたのか判らないんですが。銭湯に行って、語り手の女の子が金魚の娘のみぞおちにあざがあるのを見つける。そういうのは金魚が相応しいって思ったんですね。お湯の中で動くもののほうがいいって金魚を思いついたと思います。
「早稲田文学」に書評が再録されて、栃折久美子さんっていう有名な装丁家の人がいて、お目にかかったことはあったかもしれないですけど話をしたことはないんですけれども、書評を書いてくださって。「週刊文春」に載ったのかな。批評としてはいいものじゃないとは思うんですね。最後のほうにもとってつけたようで(一同笑)。これを再録することにしたのは、この前に載ってる吉岡(吉岡実)さんに室生犀星の「蜜のあわれ」(『蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ』〈講談社文芸文庫〉)の金魚、栃折さんがそのモデルのひとりだよって」
蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ (講談社文芸文庫)
- 作者: 室生犀星
- 出版社/メーカー: 講談社
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野崎「老作家が若い女の化身である、金魚を愛でる」
金井「自分のことをあたいって言う。モデルのひとりが栃折さんだと吉岡さんがおっしゃってる。室生犀星は栃折さんを気に入ってて、本の装丁もやってたそうです。その話を聞いたときは、何の興味もなくて(一同笑)、「蜜のあわれ」も読んでなかったから。成瀬がらみで『あにいもうと』も読んで、その流れで「蜜のあわれ」も読んで。栃折さんの書評が載ったとき、そういえばと思い出して。藤枝静男の変な小説、「田紳有楽」(「田紳有楽 空気頭」〈講談社文芸文庫〉)にも金魚は出てきます」
- 作者: 藤枝静男
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野崎「近所のパチンコ屋の玉売り娘もいい脇役として活躍しますね」
金井「ええ、玉売り娘は実在したんです」
野崎「ほっとしました(笑)」
金井「駆け落ちはしなかったと思うけれども。映画が好きで、悲恋映画が好きで小学3年生くらいでしたけれども、印象深かったです。『過去を持つ愛情』(1956)とか」
野崎「金魚の娘や玉売り娘は、川の向こうから自転車でやって来る。主人公たちの町から離れた田舎という構造がある。野菜をもらいに来るとか当時のディテールがありますね」
金井「書きながら出てくるというのが多いですね。書きながら突然思い出すっていう感じ」
野崎「歳とともに記憶がなくなって、生きてて損したような気がしますね。中学高校も覚えていないことばっかりですよ」
金井「覚えてなくてもいいようなことだったんじゃないですか(一同笑)」
野崎「でも湧き出てくるような体験ってあこがれますね」
金井「何かを突然思い出すのは、プルーストと同じで。場所なんかはみみっちい場所だったりする」
野崎「プルーストは読み返したりなさいますか」
金井「読み返しますね」
野崎「プルーストは子どものころの空間、町全体が甦るとなるわけだけど、もうひとつ、老いのテーマも重要ですね。最後にみんなが変貌し尽くしてしまう。『噂の娘』(講談社文庫)と『「スタア誕生」』(文藝春秋)の最後で、時間がわれわれにもたらす動揺。そこで通い合うところもあるかなと思いますね」
金井「ロラン・バルトやプルーストみたいに老いについて書きたいんですけど、なかなか難しいですね」
野崎「おばあちゃんは長谷川一夫を、長谷川先生って言いますね(笑)。映画を通して世代の違いも面白く浮き彫りになっています。長谷川一夫に対して若尾文子さんの存在が、『噂の娘』でも『「スタア誕生」』でも大きい。(大映ニューフェイスの)若尾さんは同時代的な方でしょうか」
金井「子どものころ、大映映画はあまり見てないんですよ。大映ニューフェイスに金魚の娘は応募する。どこの映画会社にするか随分考えて悩んだんですが、東宝や日活は違う。モダンじゃないところ。日活は北原三枝とか、東宝の安西郷子はすらっとして違うな。大映にしたのは、金魚の娘に合わせて」
野崎「金魚の娘がニューフェイスの試験でどうだったかは描いてないですね」
金井「映画館でやってた“スタア誕生”のショーは実際に見たんですよ。付け加えたことはないんじゃないかな。子どものころ偶然見に行ったらやってて、面白くて」
野崎「ああいうことがほんとにやってたんですね」
金井「そうそう。若い小説家志望の男が、新聞の書評が載ってるのを見つける場面はやってました。小説家になって、文芸時評のページなんて見ないですよね(笑)」(つづく)
- 作者: 金井美恵子
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