私の中の見えない炎

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金井美恵子 × 野崎歓 トークショー レポート・『カストロの尻』(5)

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野崎「虚構度の高い部分かと思って読んだんですけど」

金井「事実です。小説家になってみると新聞のどこのページに文芸時評があるか判ってるから、そんなに慌てません。焦って開きません。当時はそれだけ小説が読まれてたということですね」

野崎「映画もですね。映画専門のスターをつくり出そうということですから。いまはそんなことはない。

 金井さんの作品の文章は唯一無二。それをぼくは分析的でなく読むのが好きなんです。飲み干すみたいに読むのが愉しい。『岸辺のない海』(河出文庫)というちょっと昔の長編では、ウィスキーをミルクで割って飲むというのがあって10年くらいいつもやってました(笑)。そういう細部においしさがある。決定的な味わったのは動物ですね。『カストロの尻』(新潮社)でも馬の描写が素晴らしい。動物に関して、『噂の娘』(講談社文庫)ではタフガイという猫が出てきてタフちゃんと呼ばれる(笑)。出てこなくなるから気になって」 

岸辺のない海 (河出文庫)

岸辺のない海 (河出文庫)

金井「お父さんが別の女の人と暮らし始めていなくなっちゃう。お母さんもうちを空けて。猫をどうするかさんざ考えて。小説の中で書いたかどうか覚えてないんだけど、私の意識としてはもらったうちに戻した。育てられないから返したというつもりです」

野崎「『カストロの尻』の素晴らしい幕切れ。女の子の膀胱について。『カストロの尼』(岩波文庫)はロマンチックでパッションあふれる、スタンダールの名作ですよ。ひとりのパセティックな男がいて、その『カストロの尼』を尻って思い込んでしまう」

金井「変な人ですよね(笑)」

野崎「でも純情。踊り子を追いかけて、妻子あるくせに。浅草橋の衣料問屋の狂恋の番頭。渦中をうずちゅうと読んでしまうんですが、日本語の漢字が必然的にはらんでしまうシニフィアの面白さですね」

金井「読み間違いを当然のものとして漢字はできていますね。尼を尻と読み間違えた人が実際にいて、姉に『カストロの尼』を貸してあげたら、読んで電話がかかってきて“カストロの尻” 。愕然としたんですね(一同笑)。20年くらい前かな。おかしかったんで。15年くらいかかりましたね、小説を書くのに。熟成してる(笑)。「早稲田文学」に書いた片っぽにハイヒール、片っぽに運動靴はいてる娼婦の話。これも15年かかりました。東電OL事件、そのかっこに惹かれて。週刊誌で読んだのかな。誰かが映画撮ってくれないかなと思ってたんだけど、私シナリオ書くのなんて厭だし、企画が通るとも思えないし。いつか書こうと思ってて、ようやく機会が訪れたんです」

野崎「『カストロの尻』と『カストロの尼』は、分けて考えていただきたい。考えないとどっちか言えなくなってきた。『カストロの尼』は絶対恋愛主義、それが尻ですからね」

カストロの尻

カストロの尻

野崎「金井さんは手書きですか」

金井「ええ、もちろん」

野崎「手書きだからいろんなものがつながってくる」

金井「野崎さんは現在形と直接話法のことをお書きになってましたね。そのことをちょっと話すと、過去形にしちゃうと、語り手の成長してる時間を含んじゃう。いらずもがなの感想を書き加えざるを得ない。現在形でやれば、それをやらずに済む。時間の経過で語り手が変わっていることを触れずに済むという利点がある。『カストロの尻』の中のいちばん最後のところは、現在形の終わり方と間接話法の自分の回答だと思って書いたんですね。野崎さんお判りでしょうが、この中でネルヴァルの引用されているわけで」

野崎「間接話法で、“〜と言った”でなく“〜と言う”と現在形で結ばれる。金井さんの発見した文体ですね。将来、国語学者がいい論文を書けると思います。

 引用されているのはネルヴァルの「幻視者たち」ですね」

金井トリュフォーが『恋愛日記』(1977)の中で」 

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野崎「金井さんを追いかけつづけてきたのは、文体の素晴らしさ。もうひとつは「アコガレ」ってカタカナでお書きになる、ここではない文化とかそういうものに絶えずつながっていらっしゃる姿勢です。売れてる作家でもそれがないと、閉ざされた感じになる」

金井「自分の小説の話をするのは、変だなって思うぐらい好きなんですが。カズオ・イシグロが映画をどう見てるかって話をしようと思ってたんですけれども、時間がないですね。ハワード・ホークスをどんなにバカみたいに見てたか」

野崎「バカみたいに見てたっていうのは、見てるくせに判ってないバカだって意味ではなくて、すごく見てたって意味ですか」

金井「前者です(一同笑)。長くなるので…」

 

 実姉の金井久美子氏も来られていて、野崎氏によると「姉に記憶関係は任せてるとおっしゃってましたね(笑)」とのことだが、久美子氏が固有名詞を答えていた。