私の中の見えない炎

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山田太一の薦める本(1996・1998)

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 意外な人が意外な本を推薦していると、こんな本を読んでいるのかと面白い。以下に引用するのは、脚本家の山田太一氏が薦める本である。山田氏が古今東西の文学について答えているのは時おり目にするが、20年前の「文藝春秋」ではビジネスパーソンに薦める本という触れ込みの企画に珍しく参加している(用字・用語はできる限り統一した)。

 

 自分の考え方を刺激してくれる10冊

 鶴見俊輔長田弘●旅の話 晶文社

 西尾幹二●異なる悲劇 日本とドイツ 文藝春秋

 M・エンデ他●オリーブの森で語りあう ファンタジー・文化・政治 岩波書店

 福田和也●遙かなる日本ルネサンス 文藝春秋

 P・ワツラウィック●よいは悪い 暗黒の女王ヘカテの解決法 法政大学出版局

 小浜逸郎●オウムと全共闘 草思社

 芹沢俊介●「オウム現象」の解読 筑摩書房

 吉本隆明●学校・宗教・家族の病理 深夜叢書社

 浅羽通明●思想家志願 幻冬舎

 佐藤健志●幻滅の時代の夜明け 新潮社

 

 正直言って、いまの社会にはわからないことが沢山あります。ここに選んだ本は、現代について(とりわけ日本について)なにか自分が気がつかなかった視点、知らなかった事実を書いている本はないかと、商売上の心掛けもあるけど、半分以上は楽しみで捜した結果です。

 『オリーブの森で語りあう』は『モモ』の作者ミヒャエル・エンデを中心にした鼎談です。

 このなかでエンデは、「ポジティブなユートピア」という言葉を使っています。二十世紀はユートピアというものがどんどんなくなってしまった。つまり何かを克服するとユートピアが来るといった考え方がどんどん壊れていって、もうこの先ユートピアはないんじゃないかという空気が広がっていると。

 しかしエンデは、何とか若い人がポジティブなユートピアを持てないだろうかという視点で発言しているんです。もちろん厳しい現実認識を持った上でそう言っているわけです。

エンデ全集〈15〉オリーブの森で語りあう―ファンタジー・文化・政治

エンデ全集〈15〉オリーブの森で語りあう―ファンタジー・文化・政治

 ポジティブへの手掛かり

 私も、これから親になろうとする人が、子供に向かって、もう悪くなる一方だよ、打つ手がないよっていうんじゃあんまりだと思います。この本は、これから社会と向き合っていく若い人がポジティブになる大きな手掛かりになると思うんです。

 それはまた、私の読書の一つの大きな目的であるとも言えます。リアルに現実を捉えながら、なんとかその現実を越えようと模索する。そんな本を読むとパッと目が覚めるような思いがします。そういった姿勢は『旅の話』の鶴見俊輔氏にも強く感じます。

旅の話

旅の話

 タイトルからして内容がハッキリしているのが『よいは悪い』ですね。私達が社会通念に引きずられていいとか悪いとか言っているものを、そんなに単純に判断を下せるようなものではないということを語っています。

 例えばテクノロジーの発達によって、人間は幸福になれるとは必ずしも言えなくなっている。むしろ不幸の種のほうが増えているかもしれない。では、その歯止めの基準はあるのか? 一種の頭の訓練にもなる本ですね。

よいは悪い―暗黒の女王ヘカテの解決法 (りぶらりあ選書)

よいは悪い―暗黒の女王ヘカテの解決法 (りぶらりあ選書)

 数多い吉本隆明氏の著作のなかで、どれを選ぶかは迷うところですが、『学校・宗教・家族の病理』は、私達が無視できない事柄について、吉本氏がとても柔らかに率直にインタビューに答えています。

 なかでも興味深いのは、吉本氏の叔母さんが老人ホームに行くという話が持ち上がった時、氏が「俺んとこ、おいでよ」という言葉が言えなかったとおっしゃっていることです。この言葉は戦後の日本人の家族のあり方、「個」のあり方のキーワードの一つで、ただ「後ろめたい」では片付けられない、プラスもマイナス陰影濃く持っていることを示唆された思いでした。 

 平凡への不安

 まさにいまの時代を捉えるという意味では、小浜逸郎氏の『オウムと全共闘』が、とにかく面白かった。平凡でつまらない日常も馬鹿にしないで生きている著者の現実感が行きわたっていて、信頼できる一冊です。なぜ私達が、平凡であることに安心感を抱けなくなったのか、引け目を感じるようになったのかという問題提起も面白かった。

オウムと全共闘

オウムと全共闘

 戦後民主主義というものをなんとか凡庸でなく把握しようとしているのが、『幻滅の時代の夜明け』です。現代社会の問題の多くは、戦後民主主義の病理であるということを、改めて整理して突きつけられた気がします。

 非常に幅広いモチーフを駆使して、私達の世代の姿勢を解きあかしているのですが、若い世代の方で、このような成熟した把握力を手にしている人がいることに、ほっとするような思いをしました。

幻滅の時代の夜明け

幻滅の時代の夜明け

 今度選んだ十冊に共通する特徴は、いろいろな問題で意表をつかれた本が多いことです。

 体系的にきちっとまとめられたものより、ある特定の一行に非常に刺激を受けた、そんな本のほうが私は記憶に残っています。

 私は本屋で立読みして、文章が良くて気持ちをかき立てるようなフレーズがあったら、あまり迷わず買うようにしています。そして買った本の十ページぐらい面白ければいいと思っています。一冊まるごと、得しようとは思わない。人間にもそうだけど、本にも完璧を求めるなんていうことはありません。自分の考え方を刺激してくれればそれで充分なのです。

(以上、 「文藝春秋」1996年7月号より引用)

 

 つづいて「図書」1998年臨時増刊(岩波書店)に掲載されたもの。岩波新書のベスト3を答えている。

 

①『短編小説礼讃』(阿部昭

②『エスプリとユーモア』(河盛好蔵

③『禅と日本文化』(鈴木大拙/北川桃雄訳)

 

 ①力のある実作者が推敲を重ねたにちがいない文章で、内外の短編小説の魅力を語っていく。細部に分け入るしなやかな眼力に導かれて、言葉の力とさまざまな人生の味わいに接していく喜びが続いた。

短編小説礼讃 (岩波新書 黄版 347)

短編小説礼讃 (岩波新書 黄版 347)

 ②エスプリもユーモアも、にわかに自分のものにはできない。体験ぬきには身につかない。その語りにくさ、格好よさ、大切さがぎっちり真面目に詰っている。当然のようにモロアの講演を四五ページも引用してしまうユーモア。 

エスプリとユーモア (岩波新書)

エスプリとユーモア (岩波新書)

 

 ③禅にとって言葉は妨げになる。その言葉を使って外国の読者に禅を語った名著。若年、感嘆して、その後も折に触れて読み返している。岩波新書と聞くとこの本は欠かせない。

 

(以上、 「図書」1998年臨時増刊より引用)  

禅と日本文化 (岩波新書)

禅と日本文化 (岩波新書)