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梯久美子 講演会 レポート・『原民喜 死と愛と孤独の肖像』(1)

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 ヒロシマ原爆を描いた「夏の花」で知られる原民喜。その知られざる素顔や生涯を扱った、梯久美子原民喜 死と愛と孤独の肖像』(岩波新書)は作家論・評伝として面白くまとまった1冊である。

 10月に書店で梯氏の講演が行われ、過去に荻窪などであったトークイベントに行けなかった筆者はようやく聴講することができた(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。個人のプライバシーに触れた箇所は除きました。ご了承ください)。 

 評伝というにはおこがましいようなものでして。私はこの本の前に『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』(新潮社)という評伝を出しまして、それはすごく厚い本で、あんなに厚くて大丈夫かなって心配したんですが。厚くても読んでもらえる、書き込んでもいいんだって思いましたけど、今回は薄い本になりました。あえてそうしたんです。島尾ミホさんのときはわれこそ書かんみたいな感じが正直あったんです(笑)。ミホさんの作家性というか素晴らしさを知らない方も多くて、本もほとんど絶版でしたし。文学史上の狂える妻という扱いで、実像はもっと複雑で面白いという思いがありました。男性中心の文学史に異議申し立てをしたいという気もあって。特別な生い立ちも文学史にからみ合っているんですが、そこも説明しないといけないと思っていたら長くなってしまったんです。研究者は読んでもらえるでしょうけど、普通の読者の方はどうかなあと思ったら、読んでくださる方がいらっしゃって。これくらい書いてもよかったんだと思ったんですが、じゃあ原さんのことをどう書こうかと思ったときに、なるべく書かないようにしました。 

狂うひと―「死の棘」の妻・島尾ミホ―

狂うひと―「死の棘」の妻・島尾ミホ―

 原民喜という人は島尾ミホさんと違って評価がありますし、若い人は知らないという人も多いですが、文学史の中での位置づけもありますし。生い立ちも細かいことは知られてないですが、広島で被爆して、直後に「夏の花」を書いて鉄道自殺したと文学事典にも載っていますし。

 ただいまあまり読まれていないということで、やっぱり読んでほしい。原さんの文章は本当に美しくて。私も若いころは「夏の花」しか読んだことなくて、近年になって、この7〜8年ですべての作品を読みました。こんな美しい文章を書く人がいたのか。あといまっぽい人だなあと。強く勧めなくても、コンパクトな形で伝わるんじゃないかなと。若い人に読んでほしくて、こんな作家がいてきみたちと似てるところもあるんじゃない?みたいに。それにはこのサイズと値段がいいかなと思ったんですね。

 岩波書店への持ち込み企画でして、最初は岩波ジュニア新書がいいんじゃないかと思ったんです。前に岩波新書に1冊書いてまして、そのときの担当編集者に売り込みしたらですね、普通の岩波新書でいいんじゃないかと。高校生ぐらいでも読むし、高校の図書館にも入りますからと言われて、いいかなと思いました。若い人に読んでほしかったんですが、文章や内容は若くしたつもりはなくて、一般の新書のつもりで書きました。

 装丁がいいですよね。(めくると)中は普通の岩波新書で、これは帯で全幅帯。担当者の方が頑張ってくださって。原民喜の教科書とかの写真は、だいたい亡くなる直前に講談社の「群像」に書いて、そのときに撮影した写真です。40代半ばで、ちょっとおじさんになってるんですが。今回のこの写真は、編集者が見つけてくれて。“日本近代文学館”にありましたって。私は疑り深い人間で、もし間違ってたら困るなって。原さんの全集に入ってる写真と比べて、本当に本人なのか。本になるちょっと前に、著作権継承者の甥御さんにお会いして、広島に住んでいらっしゃって、ご挨拶に行って“本当に原民喜でしょうか”とお訊きして。ジャケ買いじゃないですけど、装丁がいいって買ってくださった方もいらっしゃったようで。私は、彼はいまの若い人に近い感じの人だと思っているので、これを見て近しい感じを持ってくれれば、時を超えて魂の双子のような人かもしれないよと。ただこれは岩波新書80周年の帯でして、発売から1年間だけだそうです。1年以内に買わないと、普通の岩波新書のカバーになってしまいます(笑)。(つづく