私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

山田洋次 × なべおさみ トークショー レポート・『吹けば飛ぶよな男だが』(2)

【『吹けば飛ぶよな男だが』(2)】

なべ「三郎(主人公)の役がいなくて、先生戻られた。おそらく(撮影の)高羽(高羽哲夫)さんあたりが “ハナちゃんについてる付き人がいたじゃないの”と。ぼくね、先生の映画にハナ肇の付き人として行くと先生がかわいがってくれて、そこんところ歩けとかね。仕出しで使ってくれたんです。付き人にとってはものすごい喜びですよ。それを高羽さんがちょろっと言ったか、プロデューサーとか」

山田「高羽さんかもしれないよ。この作品は既成のスターを使うって意識はなかったんだよね。乱暴なことをやってます」

なべ「先生が撮影のときに言った言葉で忘れられないのがひとつあります。ふたりで撮影所の前の屋台につれてってくれて、そのときに“ぼくねえ、どうやって映画をつくってるか判る?” 」

山田「へえ(一同笑)」

なべ「うちにいつも来るクリーニング屋の御用聞きがいる。あるとき “きょう休みなんで新宿へ映画を見に行こうと思うんです!”と。こいつに、映画って芸術かなって思わしてやりたいから、あの子が判る映画しかつくろうと思わないっておっしゃった。感激しました。

 (主役が決まって)誰でも、やった!と思いますよね。結婚する寸前でした。うちの渡辺プロの社長に“餞が必要だぞ、おれいま考えてるから”って言われて “大船行け!”と 。蛾次郎(佐藤蛾次郎)と魔子(緑魔子)とぼくは、まる1か月稽古に通いましたよね。先生が小指と小指出してごらんって、それでごはんかトイレ以外はいつでもこうやって体を一部触っててって。新人のぼくと彼女にそういう感情を出すための稽古だなって思いました。魔子ちゃんとはいつも肩組んで腕組んで行くもんですから、いつまでもくっついてんじゃないよなんて言われましたね(笑)」

山田「寅さんのお母さんも蝶々(ミヤコ蝶々)さんで、演じてるときには混乱して、同じ役だと思ってたみたいで(一同笑)。寅さんのお母さんも怪しげな経営者で、情況として似てる。寅さんもお母さんに棄てられてる。きょうの映画でも、主人公が蝶々さんをもしかしておれの母親かって思ってるっていう哀しさ、せつなさを背景に持っていこうかなって考えたんだけど。母子の悲劇をドラマの後ろに沈めようっていうことでは、同じ発想をしてるかもしれません。お母さんは蝶々さんじゃなきゃっていうのがぼくの中にあるんだね(一同笑)」

なべ「先生は東大でしょ。真面目な青年時代を送ってきて、ああいう世界に首突っ込んでないんですよ。心の奥に1回や2回経験しときゃよかったなって、あこがれが存在してるとぼくは思います。

 最後のシーンでぼくが神戸港に立って、蝶々さんが涙を流して、プロットでは船が遠くなって小沢昭一さんのナレーションが入る。ぼくは隅っこにいて、蝶々さんを先に撮るんです。ずっと見てましたよ、半日。“リハーサル行きます”ってやって気持ちも乗って“本番行きます” 。本番行くまで、先生は長いですからね。黒澤明みたい(一同笑)。そしたら蝶々さんは“まだや!” 。助監督が“そろそろよろしいですか”って言おうものなら“まだや!” 。30〜40分に思えましたね。でも10分かそこらだと思います」

山田「涙をこぼすところだね」

なべ「ええ。“じゃあ本番行きます”ってなって、蝶々さんが、ばって泣いたんだね。そしたら先生が高羽さんのところへ行って、ごちゃごちゃ言ってました。先に蝶々さんのカットを撮ったわけだけど、先生に呼ばれて“あのね、きみの泣くカットをひとつ増やすから”って言ったんですよ。ぼくが不思議な顔をすると“あれだと蝶々さんの映画になっちゃうからね”(一同笑)。蝶々さんが涙を流す、ぼくが遠のいて、タグボートが進んでいく。それだけだと、滂沱の涙だけで終わってしまいますからね。

なべ「笑わせるのに比べて泣かせるのは簡単だって言うけど、でもぼくは自分の映画見て泣きましたね(笑)」

山田「泣かせる映画だとは思ってなかったけどね、つくってるときは。

 ぼくが意識するしないに関わらず、子どものころから落語大好きだったから、いろんな落語がインプットされていて、寅さんの物語を考えるときもねたが浮かんでくることはある。映画つくる上で、落語には随分お世話になってるはずです」

なべ「落語の中に世話物ってあるでしょ。先生の作品は全部世話物って言っていいんじゃないですか。市井の人間の悲喜。種は小さいけど、枝になってそのひとつの蝶々さんがいると。あんな演技ができる人もいなかったですね」

山田「ほんとに素晴らしい俳優さんだね。いまいないね、あんな人は」

 

 山田洋次作品というと柴又を想起してしまうが、舞台は神戸。

 

なべ「関西は文化の歴史が長いですからね。笑いに関しては江戸より上ですよ。だけど江戸、東京は寄せ集めですから、偏ってない。トランプのカードみたいにいろんな県の人間たちがいる。関西は自分の範疇にあるというか、システムができててそれを外れると受けない。

 ぼくらは関東で先生にも懇々と言われましたが、みんなに笑われてどうすんのって。笑われるんじゃなくて笑わせるんですよと。どてーんと倒れたりじゃなくて、センス」(つづく) 

あの頃映画 「吹けば飛ぶよな男だが」 [DVD]

あの頃映画 「吹けば飛ぶよな男だが」 [DVD]

吹けば飛ぶよな男だが

吹けば飛ぶよな男だが