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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

久世光彦 インタビュー“鬼才への最後のインタビュー”(2006)(1)

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 テレビ演出、舞台演出、映画監督、エッセイ、小説、作詞などマルチな分野で才能を発揮した久世光彦の死から、今年で10年。

 久世は1985年から2001年まで、毎年1月に放送された“向田邦子新春シリーズ”の演出を担当。正月気分の抜けた1月10日ごろになると“新春シリーズ”が放送され、いまでもその時期には小林亜星作曲のテーマ曲が流れてくるような気がする(筆者がリアルタイムで見ることができたのは5、6本だが)。

 また、森繁久彌の言葉をねたに思いをつづった『大遺言書』シリーズや『冬の女たち』(新潮社)といったエッセイも繰りかえし読むに耐える深みがあった。

 以下に引用するのは、久世の逝去直前に行われて死後に掲載されたインタビューで、テレビの演出準備中の新作、文筆活動について話している(2006年2月15日にインタビューが行われ、3月2日に没)。文中で触れている『大遺言書』の連載(「週刊新潮」)は久世の急逝によって終了した(用字・用語はできる範囲で統一した)。

 

【50歳を過ぎてからボクがモノ書きになった理由】

 ボクの今の肩書は「演出家・作家」。作家になったのは遅くてね、書き始めたのは52、53歳ぐらいからです。どうして書き始めたか。ボクが死んだら、新聞の死亡記事に少しくらいは載るだろうと思うけど、書かれることは「TBSの『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』の久世」と決まっている。それで終わるのも寂しすぎる、活字文化に関わりたいと思ったからです。

 作家としてのデビューは遅いんですが、子供の頃から、その気はありました。僕らの世代は、「娯楽」といえば本=活字しかなかったですからね。

 東大……といっても、ボクの美学科は文学部の中でも一番成績が悪いやつばかりだったんですが、そこを卒業して、TBSに入ってからも「活字」への憧れは消えませんでした。というのも、当時のテレビは生放送で、ボクは「生は残らない」と思っていた。残るのは「活字文化」と思い続けていました。

 だから、ずっと後になって新潮社から「森繁久弥さんのことを書かないか」と言われた時は、二つ返事で引き受けました。もともとは森繁さん本人に書かせる予定だったようですが、あの人のことだから、何を書かせても世のため人のための人生訓になってしまう。それよりは、ドラマ『七人の孫』以来40年間、つかず離れずで森繁さんを見てきた「ボクに」ということになったみたいです。でも、まだ死んでもいないのに、エッセーのタイトルが「大遺言書」。初めは森繁さんもムッとしてたんですよ。(「日刊ゲンダイ」2006年3月20日より引用)

 

森繁久弥さんよりボクの方が二回りも若いのに…】

 森繁久弥さんと知り合ったのは昭和39年。TBSのドラマ『七人の孫』が初対面でした。

 思えば、ずいぶん古い話です。TBSに入社してから、森繁さんに出会うまで、いくつかドラマは担当しているんですよ。

 ボクが初めて「演出」として名前を出してもらったのは、先代の尾上松緑さんが主演を務めた『パパだまってて』というドラマ。母親役が小暮実千代さんで、おきゃんな女子中学生で学校でいつも騒いで父兄が呼び出される末の娘役が中尾ミエでしたよ。彼女も60歳近いですからね。

 あの頃のテレビドラマは30分が普通でした。1時間というのは芸術祭参加番組ぐらい。そんな中、森繁さんと組んだ『七人の孫』は1時間ドラマでしたから、当時は大型ドラマと言われました。それを「パート1」と「パート2」もやらせてもらった。

 映画の世界では、たとえば木下恵介監督の「木下組」みたいなグループがあって、「師匠」がいましたが、テレビの場合はその場のシフトで、師匠と呼べる人はいないんです。でも、ボクはドラマを通じて、森繁さんがボクの「師匠」だと思ってます。

 だから、週刊誌の連載も最初は冷や冷やでしたよ。森繁さんが嫌がった「大遺言書」というタイトルは「100歳まで生きると思えばそれがかっこいいでしょ」と説得して始めたものの、1年くらいしたら疲れちゃいましてね。編集者に「いつまでやるの?」と聞いたら、「どちらかが亡くなるまで」だって。森繁さんよりボクの方がふた回り近くも若いのに……。ま、世間から見ると「同じ老人なんだな」と思い直して、それなら、どっちが先に死ぬかサバイバルを懸けて、やれるだけやってみようと続けているんです。(「日刊ゲンダイ」2006年3月22日号より引用)

 

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さらば 大遺言書

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