私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

君塚良一 インタビュー(2005)・『MAKOTO』(4)

 でも、今回はそれでもいいから、一人の人間に二つのことをやらせてみました。そうやって人間の真実に迫っていった結果、今度は逆に悪役というものも居なくなってしまった。それもまた人間の真の姿ですよね。実は、この映画を撮った後にTVドラマの脚本も書いているんですが、それは「人は素晴らしい」と描いているんですよ。ただ今回、この映画ではあくまでも“人間の真実”を描こうと思ったんです。

 

目指したのは“品”のある映画

そのためには俳優の演技も排除した

——東山東山紀之さん、和久井和久井映見さんのキャスティングというのは早い段階から頭にあった?

 

君塚:はい、ありました。この『MAKOTO』という映画は「幽霊が見える」という特殊能力を持った男を主人公にした映画です。ただ、そういった設定を、しぐさや言葉であからさまに語るのはイヤだったんですよ。準備稿の段階では、真言はどんな少年時代を過ごしたかという部分も描いていたんですが、結局はそういう説明的な部分も取り払ってしまったくらいです。

 その上で真言という不思議な力を持った男の存在に“説得力”を持たせるためには、彫刻のような男、美しい男にするしかないなと思ったんです。ほら、美しいものには不思議な力が宿る感じがするじゃないですか? そこで美しい男=東山さんという構想は、かなり早いうちからありました。

 和久井さんを起用した一番の理由は“目”に力のある女優さんだったからですね。今回、和久井さんに演じてもらったのは真言の亡妻の幽霊ですからね。僕はあくまでも静かな霊を目指していましたから、そうなると手が動かせない、体も動かせない、台詞もない、となってしまいます。その中で絵里という人間を表現してもらうとなると目の力が強い人でないとだめだなぁと思って、あとはとにかく演技のうまい人、幽霊の役を嫌がらない人ということで出演をお願いしました。とにかく、キャスティングにはこだわりましたよ。だから時間もかかってしまいましたね。

 

——それだけ時間をかけてキャスティングをした俳優さんたちに、あえて「演技をしないでくれ」とお願いしたそうですが?

 

君塚:僕はこの作品を、とにかく静かでキレイな映画にしたかったんです。だからまず僕は、カメラマンやスタッフと打ち合わせをし、“品”のある映画を撮りましょうと言いました。そして僕らにとって“品”がないと判断したものは全部排除していきましょう、と。今風なものはイヤだったので、時代性も地域性も取ってしまいましたし、日本語の文字が書かれた看板も美しくない、“品”がないということで、それもこの映画からは取り去ってしまいました。だから、街中のロケは行わず、ほとんどのシーンをセットで撮影しています。空の青さというのも僕らの中では“品”がないと判断されたので、この映画に登場する空は全部曇り空です。

 そうやってどんどん“品”を求めていったものの中に演技も含まれていたんですね。たとえば演劇的な理論にのっとったしぐさや、TVドラマ的な分かりやすさも排除しました。もちろんそれが悪いといったり否定しているわけではありません。TVドラマではそれは必要なんです。ただ今回は、出演者が涙を流し、それによって観客の涙を誘うといったような方法論は“品”がないと思ったんです。それをどんどん突き詰めていった結果として、俳優さんたちには「演技をしないでください」「立っていてください」という演出をすることになってしまったんです。

 

——人物同士が見詰め合うシーンも“品”があるというか、2人の間の空間や距離感といったものが非常に大切にされているなぁと感じました。

 

君塚:ある男女が愛について語っているとき、またはケンカしているとき、その2人の間に流れる空気、空間こそが“物語の線”だと思うんです。普通はその間にカメラが入り、2人を交互に切り返しで撮るわけですが、これも僕は“品”がないと思いました。TVドラマはその切り返しのシーンが必要ですよ。2人をアップで撮らないといけないと思うんです。つづく

 

以上、“シネトレ”より引用。 

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