
【いまの報道 (2)】
山﨑「でも小さな声の人たちってなかなか、取材で会わないとどういう人でそういうことで困っているのかも判らない。ニュースは事件も事故もグルメもありますけど、基本的には何かのリリース(発表)が出て、それをきっかけに取材する。そういうものばっかり取材していると、小さな声の人たちに出会う機会がないんですね。特集ではそういう人たちに取材することで、いまどういうひずみがあるのかを判るように。(若い人には)何かあったときにそういう人の顔が浮かぶような記者になってほしいと思ってます。
去年の5月に放送した事件は(取材担当が)入社2年目の記者で、望まない妊娠で赤ちゃんを殺して駅のコインロッカーに棄ててしまった女性がいて当然、実刑判決を受ける。実は彼女自身が発達障害で、男が悪いんですよ。でも男は責任を問われない。本来なら福祉の手が必要で、男性がしっかりしていたら赤ちゃんが産まれたのを喜んでた。けど事件が起きてバッシングされたんですけど、ほんとに彼女だけが悪いのかと女性記者の問いを発端に、風俗で働く軽度の障害がある方とか法的支援をする弁護士に取材して番組をつくったんですね。ぼくらが目を向けないと多くの人に知ってもらえないこともたくさんあって、苦しんでいる人の拡声器になれる番組をこれからもつくっていきたいと思ってます」
是枝「赤ちゃんを殺してしまった女性や死刑囚といった加害者側の事情に踏み込むと視聴者からの反撥があって、10~15年前とは比べものにならないくらいだと推察するんですけれども」
山﨑「放送したのはヤフーニュースとかにも載せるんですけど、コメント欄は荒れますね」
是枝「ヤフコメはどうでもいいと思うんですけど(一同笑)、肌感覚として犯罪をした人の側にメディアが立つことへの声は制作にどう影響してくるのかと」
山﨑「ぼくがやろうとしていることにあからさまに抵抗されることはなくて、心配されることが多いですね。大丈夫か、信号はちゃんと青で渡れよとか(笑)。ただ共感されにくいテーマを扱うときに、コンプライアンスは問題になる。表現ひとつとっても批判があるんじゃないかとか。大事なことではあるんですけど、気にするあまりに取材すらしなくなってはいけないと思っていて、取材して放送するときに慎重に丁寧にするというのを繰り返していくしかないと。アイヌ民族の特集でも、アイヌなんかいないって主張する勢力がいる。HBCが来たって騒いだり。けどぼくらは別に違法な行為をしているわけではないですし、何も言われる筋合いはない。ただややこしい取材を避けたがるのは、ぼくの周辺も他局もあるのかなと想像していますね。攻撃されることを予想できても取材に行くのは大変なんですけど、取材しないと問題の実態は伝わらない。日本会議とかにも取材に行くときは理論武装しないと難しい。やらなくても誰も咎めない取材なんだけど、取材しないと世の中の問題を伝えられなければならないのなら自分から向かっていかないといけないのかな」
【『ヤジと民主主義』の今後】
是枝「『ヤジと民主主義』は100分の長編になりましたが、このおふたりのことはまだ継続して取材されるんですか」
山﨑「そうですね。ただ動き自体は止まってまして、最高裁に上告中なんですけど(上告の場合は)ある日突然手紙が来るんですね。「請求を棄却します」って書かれているか「弁論を開始します」って書かれているか、そのどっちか。棄却だったら負けですけど、弁論開始なら高裁の判決が見直される可能性があるんですね。その手紙がいつ届くか判らなくて、数年かかるかもしれない」
是枝「手紙の封を開ける瞬間は撮るんですか」
山﨑「撮りたいですけど(笑)。タイミングよくぼくがいればいいですけどね。
ふたりとも面白い方で、描けていない側面もまだたくさんあって。特に桃井(桃井希生)さんは労働問題ですごく結果を出されていて、あんなに頑張っている方はなかなかいらっしゃらない。機会があればそれぞれ単体のドキュメンタリーをつくってみたいですね」
【その他の発言】
山﨑「テレビ版ではカットしたんですけど、大杉(大杉雅栄)さんのシェアハウスで(マルコムXの写真が貼ってあって)、彼はマルコムXのファンですって言うんですね。その素材は映画では入れたんですが、最初に記者はカットしてた。何でカットしたのって訊いたら「マルコムXが好きだって言うとあぶない人だって見られる」って(笑)。ぼくは、どんな人の権利も守らなきゃいけないと。自分の理性が試される。マルコムXが嫌いな人のヤジは守るけど好きな人のヤジは共感しにくいから排除されて当然だというのは、おかしな話ですね。自分にとっては共感しなくて受けつけない人でも、その人の権利を守ることが、最終的に自分の権利を守ることだと。そういうことを取材していて教えられた過程がありました。
結論が判ってつくることはないですね。この先どうなるんだろうとか編集しながらどこに結論があるんだろうとか考えながらつくって、つくり終えてもみなさんの感想で「そういう伝わり方したんだね」と発見がある」
是枝「何年もドキュメンタリーをつくってないんだけど、失敗したなと思うときは先入観を持って取材に行ってるとき。それが覆ったときが面白いところなのに若いときは面白いと思えなくて「やばい、どうしよう。構成していた形と違っちゃった」。そこから面白くなると判ればドキュメンタリーがやめられなくなる。自分が変わると社会が変わることにつながっていく。自分が変わらないのに社会を変えようってのはおこがましいと、つくっていて実感しました。
大学時代にこれを学べばよかったと思うことはあるかという質問が寄せられた。
是枝「大学時代の後悔?(一同笑) サークルとか入っておけばよかった、英語勉強しとけばとか。ただそのときにやろうと思ったことはやり切ったなと」
山﨑「(大学時代に)山登ったり、中国で少数民族と暮らして。独立運動の激しい土地でアンケート調査をしたら、公安に捕まって強制退去になったり(一同笑)。ぼくがドキュメンタリーをつくろうと思ったのは、湾岸戦争でヨルダンにボランティアに行ったときですね。難民と言われている人に初めて会って、かわいそうな人かと思ったら全然違って、ぼくらと同じ人だった。生まれた土地や時代が違ったら、もしかしたらその人だったかもしれないと思うと、その人がいたことを伝えたい。そう思ったのが大学1年生のときでしたね。ドキュメンタリーをつくろうと思った小さな芽みたいなものでした」

