私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

山﨑裕侍 × 是枝裕和 トークショー レポート・『ヤジと民主主義 劇場拡大版』(1)

 2019年に札幌市内で応援演説をしていた安倍晋三首相(当時)にヤジを飛ばして警察に排除された男女(大杉雅栄、桃井希生)。そのふたりを追ったHBC北海道放送が2020年にドキュメンタリー番組を制作し、それを原型に制作されたのが映画『ヤジと民主主義 劇場拡大版』(2022)である。監督はHBCで報道部デスクを務める山﨑裕侍。2024年2月、同作の上映後に山﨑氏と『怪物』(2023)などの是枝裕和監督とのトークがあった(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。

 

是枝「最初にお会いしたのが2年前? HBCの勉強会に呼んでいただいて」

山﨑「世界的な巨匠である是枝さんでしたけど、新卒のときに私たちのHBCを受けていただいたんですよね」

是枝「そこからか(笑)。ぼくは大学の卒業年にHBCの入社試験を受けていて、HBCのドラマが好きだった。倉本聰さんが脚本を書かれていたドラマに触れて、HBCに入ってドラマをつくりたいと。何となく受けて最後まで残ったんですけど「ドラマはほぼつくっていないよ。営業なら入れる」と言われて。営業は無理だなと思ってあきらめたんですね(笑)。ただ映画を撮るようになってキャンペーンで札幌に行く度に、裏から手を回して倉庫に眠っていた倉本聰さんの東芝日曜劇場をこっそり見せていただくという至福の時間を仕事の合間に過ごしました。そんな縁もあってHBCの報道の勉強会に依頼を受けて参加させていただきました。そのときに山﨑さんとお会いしました。あらかじめ何本かつくられた番組を拝見して、本当に丁寧な取材をされていました」

【山﨑氏と『ニュースステーション』】

山﨑HBCは中途入社でございまして、ぼくのテレビマン人生の始まりは、是枝さんと同じように制作会社だったですね。大学時代に探検部で海外を探検ばかりしていて、就職ではいろんなところを落ちまくって最後にようやく受かったのが制作会社。ドキュメンタリーをつくりたかったんですけど、グルメの番組とかさせられて。パワハラなんて言葉がない時代で、ハラスメントだらけの職場で(笑)。地下鉄サリンがあったときに(会社員)1年生でしたね。是枝さんのドキュメンタリーも好きでしたけど、そのころに是枝さんが『幻の光』を撮られて、ぼくもロケ地の能登へ行って同じ光景をスチールで撮ったり。是枝さんを目標にしていたら、テレビ朝日の『ニュースステーション』にディレクターとして出向することになって、ニュースには興味なかったんですけど足かけ8年間やりました。それから思うところがあって、故郷の北海道に戻ろうと。それでHBCが人をさがしていたので中途で入ったんですね」

是枝「8年間でどんな報道をされたんですか」

山﨑「1989年に綾瀬で起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件。少年が4人逮捕されて厳罰化の議論がありましたが、2000年に少年院に送られた犯人のひとりにインタビューしたり、刑務所に行ったお母さんにインタビューしたり、加害者の側を取材して手応えを感じました。

 他に心に残っているのは死刑囚。保険金殺人で死刑判決が出た執行を待ってる状態だったんですが、その死刑囚に弟さんを殺された遺族の方が、当然死刑を望むものだと思ったら減刑を求める運動をして、法務大臣に嘆願書を出したと。忘れないですけどその年の12月28日に死刑が執行されました。ぼくは法務省の見せしめだと思ってるんですけど、執行後の告別式も取材して放送しました」

是枝「久米(久米宏)さんがスタジオで、死刑執行後の遺体の映像があったけれどもプロデューサーの判断で流しませんでしたと。久米さんはその判断は正しいと思ったというように言ってましたけど」

山﨑「(遺体の映像は)放送されるべきだと思ってました。放送前に久米さんたちとVTRをプレビューするわけです。そのとき、カットは誰も言わなかった。顔を出す理由のコメントを考えてくれとだけ言われました。書いてたんですけど、途中でプロデューサーに廊下で呼び止められて「顔は出せない。もし出したら番組は保たない」と。取材が甘いところもあったので、プロデューサーを説得するために親族の了解もとって。それでもテレビは死体を出せない、特に死に顔のアップは出せないという不文律があって、なおかつ死刑囚の顔は放送した例がない。コンクリート詰め殺人事件の加害者特集も視聴率は良かったんですけど、抗議はすごくたくさん来た。加害者とか社会から共感されない方とかを取り上げるとバッシングがあるんですね。

 ただ現場で死刑囚の顔を見て、国家が人を殺すってどういうことかが判ったんですね。亡くなられて眠るような表情で…。新聞には死刑が執行されて、どんな事件だったってベタ記事になりますけど、重さをメディアは伝えきれていない。だから顔を出すべきだと撮影して編集したんですね。最終的にプロデューサーは首を縦に振ってくれなくて、制作会社の出向のディレクターの身分ではできない。カットしたいうことはと久米さんがスタジオで言ってくれたおかげで、ぼくらの思いは逆に報われた」

是枝「久米さんのすごいところで、あのコメントで見えてくるものが変わってくる。反射神経、動体視力の鋭い司会者だったと改めて思いますけど。

 局の報道は聖域と言われていて、制作会社の人間はなかなか関われないですね。8年出向してみて、経験したことはどう総括されていますか」

山﨑「ぼくがいたころは好きなことをやらせてもらえた、最後の時期だったかなと。中にいる人から聞いたこともありますけど。選挙があっても総理をおちょくるVTRをつくったり(笑)。ただキー局のゴールデンプライムの番組なので、そのとき注目を浴びてるニュースが中心になる。派手な職場であるけど、自分の身近な世界がよくなってるという実感は湧かなかったですね。子どもも3人いますし、自分の周囲で起きていることに目を向けて、地に足の着いた報道がしたいなと思ったのがHBCに入った理由ですね」

是枝HBCには中途採用の人は、山﨑さん以外にもいらっしゃるんですか」

山﨑「ぼくが入ったころから増えました。『ヤジと民主主義』の取材をしている長沢祐も、もともとは信用金庫に勤めてて、2年やって全く違いテレビの世界に入ってぼくと取材しました」(つづく