私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

高樹澪 × 北浦嗣巳 × 油谷誠至 × 高橋巌 × 古林浩一 × 清水厚 × 勝賀瀬重憲 トークショー “今だから語れる実相寺昭雄秘話” レポート・『姑獲鳥の夏』『ユメ十夜』『シルバー假面』(6)

【『姑獲鳥の夏』】

 『D坂の殺人事件』(1998)以来、実相寺昭雄が久々に撮った劇場映画がミステリー大作『姑獲鳥の夏』(2005)。

 

古林「実相寺は芸大のオペラの教授に就任してしまいます。それでエロス系は封印することになりました。映画は控えてオペラがメインになって、映画が復活したのは『姑獲鳥の夏』ですね」

勝賀瀬「『姑獲鳥の夏』ではチーフ助監督をさせていただきました。監督はあんまり乗り気じゃない部分もあって、クランクインの前日に降りるとか言って、牛場(牛場賢二)さんがそう言わないでよって飲み会で監督を説き伏せる場面を見た記憶があります。台本が最初に送られてきたとき、全く理解できないとおっしゃってまして。理解できない作品(原作)をやったほうがいいのかなって同級生のお友だちに相談されていましたけど。「ジッソー、やめたほうがいいよ」って言われているのも目撃しました。台本を何稿か重ねるうちに、これならできると踏み切りました」

清水「ぼくは(原作の)京極夏彦さんが大好きで、全部読んで。実相寺さんが『姑獲鳥の夏』をやると決まって、ぼくは喜んじゃって。実相寺さんは読んだことないんで、何が面白いのか、読者はどこを魅力だと思っているのか外したくないんで教えろと。それで坂を下る場面とか、見たくないものは見えないという理屈で刃物が見えないとか、そのポイントを外すと原作ファンは批判に回っちゃうってポイントを書いたんです。(完成した映画は)そのポイントをすべて外してました(一同笑)。わざと外したんじゃないかと。

 ぼくはスタッフではなかったんで、メイキングだったらできるかなと思って「いいメイキングをやるんで撮らしてください」って言ったら「面白いメイキングをつくられたら本編が霞むからダメ」(一同笑)。スタッフルームにいつ来てもいいって言っておきながら、撮らせてくれない。自分のプラスになることしか受け入れないというところもあったかもしれません」

勝賀瀬「トリックは心理的で、見たくないものは見えてなくて記憶にないという。文学では成り立つけど、画面だと映っちゃうという話で。監督は考えたけど」

清水「難しいからやめちゃったと(笑)」

北浦「結構でかい8分の1のセットを燃やしたんだっけ?」

勝賀瀬東宝ビルトのオープンセットにミニチュアは8分の1を。体がよくない兆候はあったかもしれません」

北浦「心配はしてて」

勝賀瀬「まだ飲みにも行きましたね。あのころが飲み歩いてた最後の時代だったかなと」

北浦「『シルバー假面』(2006)のときはもう」

勝賀瀬「『シルバー』は(胃を)切った後でしたし」

【『ユメ十夜』】 

 実相寺はオムニバス映画『乱歩地獄』(2005)の一編「鏡地獄」、同様のオムニバス映画『ユメ十夜』(2006)の第一夜、『シルバー假面』の第壱話を担当した。清水氏も『ユメ十夜』に登板。

 

勝賀瀬「「鏡地獄」を撮ってるときに調子が悪くなって、その後に『ユメ十夜』と『シルバー』ですね」

清水「『ユメ十夜』で実相寺監督とぼくと、他の監督もいますけど、同じ作品をやらせてもらえて想い出があるというか重要な作品です。実相寺監督はマニアで、収集癖がある。カット数も多くて、カットを蒐集してるってずっと思ってて、編集作業ではフィギュアを陳列棚に並べているみたいな。ぼく自身も真似して撮って編集するというのを、無言で教わっていた気がします。監督は撮ったカットをあんまり棄てたりしないですね。計算して撮られてますし、時間が押してきたからやめちゃうということもあまりない。『ユメ十夜』では晩年で、でもパワフルだったという想い出があります」

 

 『ユメ十夜』の公野勉プロデューサーが来られていて登壇した。脚本は実相寺の要望により久世光彦

 

公野「日活で企画しまして、砧に相談に行った覚えがあります。実相寺監督はすぐ第一夜を選ばれた覚えがあります。

 衣装合わせの日に行くと朝から監督が怒ってたんですね。電話しながらすごく怒ってて、小泉(小泉今日子)さんの衣装合わせで。DVDのジャケットの色校が来て、気に入らなくて「何でこんな勝手なことするんだ」ってばーんと叩きつけたところで、脚本の久世さんがおいでになって。監督は破顔してにこにこし始めて、TBSを退社されてからの竹馬の友というか。あんなに機嫌が良くなると」

【『シルバー假面』】

 『シルバー假面』は第壱話を実相寺、第弐話を北浦氏、第参話を服部光則氏が演出した。

 

勝賀瀬「ご自分のレントゲン写真を小道具で使ってたりしましたから(一同笑)。「ここに影がある」って自分で言って、いいのかなと」

北浦「映画のオファーはいろいろ来てましたけど、呼び出されて調べてたけど、そのころには落ち込んではいたよね」

公野「『シルバー』の(撮影)初日に現場見舞いにビルトに行ったんですけど、ピリピリしていて。実相寺監督の現場は監督と中堀(中堀正夫)さんと牛場さん以外は何を撮っているのか判らない。監督が食べたいって言ってた饅頭を持って行ったんですが、にこりともしない。顔に抗がん剤が出ていて、そうなんだなって思った覚えがあります。時間がないけどもう1本企画を動かそうよってみんなで話しましたね」

勝賀瀬「『シルバー』ではメイキングをやらせてもらってたんですけど、東宝ビルトのセットが最後の現場で。最初の日にディレクターズチェアで監督がすこーんと転んでしまって、「お前絶対撮るなよ」。とにかく機嫌が悪くて。中堀さんと牛場さんが移動車を引いていて、監督は「全部引き直せ」。「監督、ハイエースが映っちゃいますよ」「ハイエース映るからいいんだよ」。大正時代なのにハイエースが映ってるんですね。構築したものを崩そうとしていたのか。現場では監督はちょっと何おっしゃってるんだろうみたいな雰囲気があって印象的でした」

高橋「ぼくは離れていましたが、「鏡地獄」の現場で鏡がいっぱいあるからみんな(スタッフ)が映っちゃってどうしよどうしよって言ってたら監督は「そんなもん映っていいんだよ!」って言ったって話を聞きました。晩年は怒りっぽかったね」(つづく