私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

押井守 × 石川光久 トークショー レポート・『天使のたまご』『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』『イノセンス』(3)

【『イノセンス』の想い出 (2)】

押井「(『イノセンス』〈2004〉)現場のスタッフに対して目標を示すって意味合いもあったんですよ。ここまでやるんだよっていうさ。半ばは現場向けで、半ばはスポンサーに見せようって狙い。それが何故コンビニかというと、個人的に見たかったものとしてコンビニを破壊することをやってみたかった。

 しかも完成してからつくり直してる(笑)。缶詰の山を崩すシーンがあるんだけど、著作権の問題があって缶詰のラベルを貼り替えたんですよ。最近、商品はつくるしかなくて『スカイ・クロラ』(2008)でもタバコのラベルからウィスキーのパッケージまで全部つくったんだけどさ。『イノセンス』の経験があったからできた。壁に貼ってあるメモまでつくって、そういうことをとことんやるとアニメーションがどんなすごい画面になるかって証明してみたかった。『攻殻機動隊』(1995)は時間との戦いで10か月しかなかったからさ。『攻殻』の10か月を『イノセンス』のコンビニ3分にぶち込んだというか。

 アニメーションはつくり始めたら底なし。デジタルなんで拡大して縮小かけたり何でもできて、実写以上の情報量が持てる。ひとつの世界をまるごとつくってみたいというパラノイア。監督はある時期にパラノイアになるって説があるけど。キューブリックとかコッポラの『地獄の黙示録』(1979)とかで、ほんとの戦争と同じくらい予算使っちゃった。アニメの監督がパラノイアになると何するかっていうと、世界をつくり込みたいっていうさ。

 『イノセンス』は見えないところまで全部つくってる(笑)。合理的な作品じゃない。攻殻』はものすごく合理的で、欠番もないし作画枚数も極端に少ない。お金も時間もなかったんで。対照的な仕事かもしれないね。2本目で大作である以上は、そういう選択肢しかないと思ったの。攻殻』は素子の物語と了解してもらってかまわない。『イノセンス』は素子不在で、サイボーグが動き回ってる世界をどこまで本物らしくつくれるか。動機も違えば、映画の種類も違う。

 プロデューサーが企画を立ててお金を集めるんだけど、映画の中身をどうするかは監督が判断するしかない。石川が言ったように、うまくはまれば救世主だし、はまらなければペテン師だね。結果としてそうなった。500万の映画でも嘘つくときはつく。徳間書店の雑誌でやった付録のDVDでは大嘘ついた(笑)。大作だから嘘ついて金集めというわけじゃない。お客さんとしてはどうでもいいかもしれないけど、予算の多寡に関係なく同じ情熱でつくって、その情熱の方向が違う。『天たま』は自分の内側に向かってつくったというか、ほんとに見せたかったお客さんはひとりだけかもしれない。同じ監督がつくってても、映画ってつくづく1本ごとに違う」

石川「エンタテインメントは詐欺師的な一面もありますね。

 『イノセンス』をやったときは沖浦(沖浦啓之)と文楽を見に行ったんですよ。沖浦が文楽好きで、演者のここがいいとか見る目がすごくある。人形に執着があってこれが描きたいと。自由にやったのは鉄っつん(西尾鉄也)。全く制約がなくできたのはこのアニメが初めてだって本人も言ってて、枚数はいくらでも描いていいと。やくざが撃ちまくるのは鉄っつん。コンビニのシーンの背景は平田(平田秀一)さんがテキストをひとりで何千枚描いて、レイアウトは竹内(竹内敦志)さんがみっちり。黄瀬和哉は『機動警察パトレイバー』(1989)、『機動警察パトレイバー2』(1993)とずっと作監のひとりで、そこに『攻殻』から沖浦や西尾が入ってきた。西尾はまた押井さんとやりたいと思ってるけど、沖浦は自分の世界でやりたいというのがある。『イノセンス』でも黄瀬はいちばんカットをやってくれて、この3人のアニメーターが作監をやったというのは奇跡的で、I.Gがいちばん熟成された時代だったんじゃないかな」

押井「お金がいくらあっても、倍の予算があったとしても二度とできないですよ。人がいないから。たまたま揃ってたのが、いま思えばすごい顔ぶれだった。『攻殻』もそうで、あの原画を描いてくれた人の7~8割はみんな監督になったからね。

 『イノセンス』で3人の作画監督が3パートに分かれて、鉄っつんは面白くてしょうがなかったと思う。やくざのところに殴り込むシーンで、やくざは全員が東映やくざ映画Vシネマのおっさん(俳優)にそっくり。明らかに趣味で、田中邦衛さんとかも出てる。沖浦のやった人間が転がるシーンは鳥肌が立つぐらいで、あいつじゃないと描けない。黄瀬は色っぽいし。ぼく自身もあの3年をやりきった気力も体力もいまあるか判らない。それが映画の縁だね。ハリウッドの作品と違うところで、お金と比例しないんですよ」

押井「そういえば『天たま』も変わった顔ぶれで、実は庵野庵野秀明)も描いてたんだよね。1カットやってる途中で逃げちゃった(笑)。庵野のレイアウトも七郎(小林七郎)さんが描きなおしたしね。宮(宮崎駿)さんの弟子の二木真希子も頑張ったし。3本ともアニメーターが仕事した作品で、日本のアニメーターの実力はこうだ!っていう。最近はそういう作品にお目にかからない気がするね。このシーンはあんただからできたんだよっていうさ。攻殻』で素子が自分の体を壊すシーンもふたり(濱洲英喜、新井浩一)じゃなきゃできなかったね。アニメーターが瞬間的に見せるパワーは、アニメの監督の醍醐味のひとつだね。想像しなかったすごいものが出てくる。概ね9割はその逆なんだけど。実写みたいに対話してない。3本はよくできた組み合わせかという気もしてきた。次はもっと評判の悪い作品も…(一同笑)」(つづく