私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

森達也と『100人のバカ』(佐高信・岡留安則編著)(2)

休刊6ヶ月前から開始した休刊宣言のカウントダウンで、『噂の真相』編集部は創刊以来、最高に忙しい日々を送る事態になり、休刊して以降も筆者自身の単行本の執筆やテレビでのレギュラーの仕事が続いていたので、この本の企画が潰れたことすらもすっかり忘れていた。そんなところに、佐高氏から「『7人のバカ』の単行本はどうなったんだっけ?」という電話が入ったのだ。昨年の9月、筆者が沖縄にいるときだった。さっそく、『噂の真相』でこの単行本の窓口役をやっていた当時のスタッフSに連絡すると、「出版社は潰れたけど、調べたらフロッピーは残っているそうです」との回答。それを佐高氏に伝えたことで引き継いでくれる出版社が決まり、この幻の本は単行本として甦ることになったのだ」(『100人のバカ』〈七つ森書館〉)

 

 「7人のバカ」の単行本化が一度頓挫してその後に刊行されるまでに時間を要してしまったということは、内容が優れているわけではない証左だとも言えよう。90年代のコラムは佐高信岡留安則両氏の対談を加えて『100人のバカ』と題して2007年に刊行された。その時点で約10年の歳月が流れており、既に古びた感は否めない。しかも佐高・岡留の対談はふたつ収録されているのだけれども、ひとつは2006年のものであるからよいとしても、いまひとつは2001年のそれで『朝まで生テレビ』の15周年だなどとの話題も出ていた(企画が一度つぶれる前に行われたのだろう)。読む価値が全くないとは言わないが、堂々たる周回遅れぶりに苦笑させられる。

 だが、その『100人のバカ』を森達也は好意的に評した。

 

先週、佐高信と会った。ご無沙汰しています。そう言って頭を下げる僕の耳もとで佐高が囁いた。

「岡留と本を出したんだよ。日刊ゲンダイで書いてくれ」

「どんな本ですか」

 尋ねる僕に佐高は一冊の本を手渡した。シンポジウムの最中だったので、僕はその本をバックに入れた。それから二日後、日刊ゲンダイの担当デスクから携帯に電話がきた。

「次回のマイベストブック何にしますか?」

 しまった。うっかりしていた。二日後には締め切りだ。

「えーと佐高さんと岡留さんの本です。刊行されたばかりらしい」

「タイトルは?」

「何だっけな。忘れちゃった。一〇〇人の何とか。調べてもらえますか」

「わかりました」

 それから二日が過ぎた。今夜が締め切りだ。僕はバッグを開けて本を探す、タイトルは「一〇〇人のバカ」。

 しまった。うかつだった。目を通しておけばよかった。よりによって、あの「噂の真相」の毒舌連載コラムのタイトルじゃないか。でも仕方がない。本は面白い。それは保証する。でもならばなぜ僕が「しまった」と思ったのかといえば佐高信の筆があまりに辛辣だからだ。批評するのも度胸がいる。でもよく読めば、徹底的にこき下ろす場合もあるけれど、愛情をもって揶揄している。それが佐高流。愛すべきオジサンだ。書かれたほうはたまらないけれど」(「日刊ゲンダイ」2007年3月26日)

 

 「佐高信の筆があまりに辛辣」とあるけれども、先述の通り『100人のバカ』は匿名コラムで佐高は編者としてクレジットされているに過ぎない。「でもよく読めば」というが、森が『100人のバカ』をろくに読んでいないことは明白だった。当時まだ若かった筆者は森の『職業欄はエスパー』(角川文庫)や『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』(ちくま文庫)を面白く感じ、一方で『下山事件(シモヤマ・ケース)』(新潮文庫)や『クォン・デ もう一人のラストエンペラー』(角川文庫)が粗雑だという酷評を仄聞していた。その森のいい加減な部分を裏づける書評が視野に入ってしまったわけである。

 また手抜き書評に対して「一番おもしろく、ありがた」いなどと応じる佐高にも疑念を持った。単純にだまされた可能性もあるけれども、おそらく承知の上で森とつながりをつくっておこうとしたのではなかろうか。

 森達也にも佐高信にもいまだ魅力を感じる部分もあるが、そういえばこの時期は両者のいかがわしさを認識し始めたころだったとも思い出された。