私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

なべおさみ × 満田かずほ トークショー レポート・『独身のスキャット』(3)

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【俳優について】

なべ「あらゆる役者は(出演作に)思い入れってありません。優れている役者ほどない。役者は自分が注ぎ込んだ情熱を忘れるって性(さが)がないと、次のものに取り組めない。

 船越英一郎はあれだけサスペンスに出てて自分の出たもの覚えてない(笑)。『独身のスキャット』(1970)見て、つまらないとしか思えない。自分の出た映画、映画館に行って見たって1本もない。自分の出たの見るの嫌いです。7月に単独ライブを2時間やってみたんですね。それを綺麗に編集してくれましたけど、見てません。自分の人生振り返るのは大事ですけど。

 クリント・イーストウッドの自伝読んだとき、台本もらってからの作業はどうやって台詞を言わないかだって。あの人台詞覚えるの嫌いなんだけど(笑)。(『ダーティーハリー』シリーズの)ハリー・キャラハンが喋っちゃ面白くない。日本映画はダイアローグが多すぎる。

 時代時代で変わっていくのは、しょうがないんですよ。でも(昔は)しょせん役者がやること、歌手がやること。「しょせん」がついた。それだけ見くびられていた現実があるけど、おれたちの稼業に目くじら立てないでくれた。サラリーマンの人も商店の人も幼稚園の女の先生も、そういう目でエンタテインメントの人を見つめてくれた。おれたちを愉しませてくれてたら、諸事にうといのは当たり前よって」

 

【かつての映画とテレビ】

なべ「(昔は)本来こうあってはいけないってのを教え込まれてきたのに、戦後20年くらいの間に日本はダメになりました。アメリカ映画見て、この世界に行きたいって思ったんですよ。日本映画は白黒の黒澤(黒澤明)さんのだけでいい。カラーになったら面白くない(笑)。ゴルフでそれ言っちゃって「先生、色ついてからは面白くないですよ」って。それで息子さんが 「父は画家になりたかったんですよ!」って。じゃあ画家になればいいじゃないか(一同笑)。先生はお風呂入るって怒って、ゴルフから外されました。そういうこと言うから、かわいがられない。

 東宝がこんなもの(映画)つくっても銭にならん、不動産業(制作会社につくらせて劇場を貸す)がもうかると判っちゃって。ソフトつくる人も燃えてやってたけど、大道具やスクリプター、俳優も(自社で雇用すると)金がかかる。戦前も役者が独立プロつくったけど、成功した人いなくて、戦後もにんじんくらぶとか映画つくろうとしてみんな赤字。三船敏郎萬屋錦之介勝新太郎も成功した人ひとりもいない。映画会社は箱持ってるから、どっかと契約しないとダメ。映画会社は、自分は一銭も出さないで上映する。あなたの取り分は5億と言われて「え、うち8億出してるけど」 。こんだけの上がりがありましたってのは、全部嘘(一同笑)。

 (映画が斜陽で)テレビ局に何とかコネつけて、テレビの世界でやりたいって監督も山ほどいた。初期のNHKのディレクターはみんな東宝や新東宝の人で、それから10年くらい経って人が育つ。初期のテレビは寄せ集めで日活の重役を製作部長にしたり。新聞社からつれてきて上に置いても、現場のことが判らない。電通の人の息子とかも平気で入ってきて。そういう混濁した時代が、70年代で少し収まったという気がする。テレビの世界のディレクターは各局に優れた人が育ちました。そういう人が局で作品をつくった。いまはみんな制作会社がつくっていて、テレビ局はある時期の東宝みたいになっています。うちは電波を持ってるからと」

 

【その他の発言】

なべ内部告発ってチクリ屋ですから。いまだって、おれのせがれ入れてくれた恩人の名前言ってないでしょ(笑)。やくざの親分が「チャック固いね」って。やくざでも口軽いやつはアウトでしょ。刺殺されるのは軽いやつばっか。正義は新聞、テレビにあるようだけど、コメンテーターなんてただの芸人だろ。ちょっと前に未成年淫行でどっか逃げて、知事になって、それだって途中でほっぽり出して(一同笑)。

 でも未成年淫行ってのも(成人が)17歳とセックスするとダメだけど、17歳同士だといいんでしょ。それもおかしいね。

 いまいちばん好きな言葉は、空海の「人の短を語らず、己の長を語らず」という。欠点はあるよ、欠点をあげつらうのは止めなさい。自慢話もいかがなものでしょうかね。空海が死んでいく前に書にして、ぼくこれ好きですね。だから女房のお墓も真言宗にしちゃった。いま墓屋さんがつくってくれています」

 

 なべ氏は、最後に観客みなと握手するというサービスぶりだった。