私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

“山田太一セレクション” 刊行記念 山田太一 トークショー レポート(3)

f:id:namerukarada:20161223231839j:plain

東日本大震災を扱った3作品 (2)】

 3年後に1本書きまして。震災をいろんな局面で書いて、『時は立ちどまらない』(2014)ですね。(見る人がどう思うか)いつもはらはらしてます(笑)。

 『時は立ちどまらない』では体育館に避難してそこで暮らさなきゃいけない家族がいて(身内に)死んだ人もいる。そこに知り合いが来て、毛布持ってきたり。(もらう側は)自分が悪いわけじゃないのに、ありがとうありがとうと言ってるだけで。うちへも来てくださいと言われて頭きちゃう。そんなことはいいんだと。それでも来てください、気が済まないと。お前の気なんか知るか。相手は善意ですけど。相手のうちへ行って、ごちそうになって、お膳ひっくり返してガラスにぶつけたり狼藉を。そしてもう2度とおれたちを呼ぶなと。暴れて帰っちゃうから、怖くて夏までケアできない。暴れることでバッと切っちゃう。善意は全くむかつくわけですよ。そういうふうに縁を切るっていうのかな。(その後で)おじいさんがひとりになってしまって、知り合いのおばあさんが夏にお見舞いに来て、別れ際にバス停でひとり淋しくて仕様がない。ハグしていいかって訊いて、おばあさんがいいよって言ったところでバスが来ちゃう。最後のシーンではハグしてあげるところまでいくんだけど。

 5年、ほんと言うと6年ですけど、今度は人数を限定して、福島の話だけど舞台は東京(『五年目のひとり』〈2016〉)。渡辺謙さんでやりたいと思って、話したらOKと。少女(蒔田彩珠)が出てきて、あの子はよく見つけましたね。ご覧になってない方には恐縮ですが。謙さんがやってくださると言ってると聞いて、でも『王様と私』(2016)をブロードウェイでやってて、再演が決まってどうしましょうって。ぼくは、再演なんてめったにあるものじゃないから、どうぞと。それで遅れた。それで謙さんがガンだと聞いて、ぼくのことはいいから、病気を…。そしたら奥さまもガンだと。ミュージカルは成功して、ガンも軽かったと。ミュージカルが終わってすぐ、ぼくらのほうに来てくれました。奥さまのことは伺わなかったですけど、スタジオに奥さまもいらしてて、元気そうで。恩に着ます。

 謙さんはある時期から大人になりましたね。つらい思いをいっぱいなさった。若いときはいい男すぎて。時代劇はぼくと関係ないというか、書けない世界で。ある時期から挫折した人間(の役)がいいなと。フジテレビと日本テレビで挫折した人を。そういう話じゃないと、かっこいい人だから輪をかけてかっこよくなっちゃう。ぼくとやるときは挫折(一同笑)。(渡辺謙主演『遠まわりの雨』〈2010〉では)蒲田の工場を辞めてるのに頼られて、あんたしかいないからと、スーパーみたいなとこで働いてたのをわざわざ呼ばれて。それで一生懸命やって、あと一歩ってとこで若い技師がコンピューターを使って、全くかっこつかない。頼んだ人もどうしようとなっちゃって。そういう人をよくやってくださいました。

 俳優さんはほんとにいろいろでね。あのケースもある、このケースもあるって書いてたら書き切れない。

 (『五年目のひとり』の)ひとりっていうのにある種の神秘性を持たせたかったのね。具体的に言うと、自分の娘の死んだころとそっくりな子に出会ってしまうって、本当はないでしょう。でも見てる人が自分の娘だったり親だったりとそっくりな人に会ったらって、想像しやすい。めったにないことだけど、ないとは言えない。怖いくらいそっくりな娘がいたらそれは心動かされるだろうって想像を、普通の人もしてくれるんじゃないか。それでやってみようと。ぼくは普通はリアリズムでやりますけど、どっかで急激に嘘の話を書きたくなる。リアリズムだけでは広がらない。

 市原悦子さんがよかったですね。もちろん謙さんも。

 (ラストは)リアリティがないかもわかんないんだけどね。福島に帰って万事めでたく終わるわけではないし、めでたく終わったら浅薄で見てられない。あれは何も解決してない。でも解決したらおかしいんですよ。

 

【「車輪の一歩」】

 (『男たちの旅路 第4部』〈1979〉の)「車輪の一歩」で話を聞いた身障者の人は遊郭、いまは遊郭なんて言わないか(笑)。行きたいってお母さんに言うわけで、お父さんも行ってこいと。行くと地周りがいて、不自由なやつが来るなって追い返されて。うちでどうだったって訊かれて、言えなくて大泣きで、ああよくなかったんだと。それは取材で聞いて書いたけど、後で電話がかかってきてその悩みはなくなりましたと。いまは出前が来てくれるから(一同笑)。そういう部分が変わってくる。「車輪の一歩」は随分経つから、駅とかいろんなところが変わってきてますよ。大阪の地下鉄で通ってる人が、地下にエレベーターがつきました、画期的ですって言ってたんですがいまはどの駅にもある。でもいちばん内面の部分、人の身になるってところに立ち入ると、そんなに変わってないです。

 書くのは怖いですが、あのころは書かなきゃいけないなって。3年くらいかかりました。(3年の間に)いろいろ話聞いたりなんかして、しょっちゅうじゃなくてときどきでしたけど。こういうふうに書くんなら誰からも文句出ないかなと。下手に書くと袋叩きになる。あのころとしては(ラストに)階段上げてくださいって頼むだけでクライマックスだけど、いまは上げてくれちゃう。ポルノ映画館も地下にあるから屈強な男が下ろしてくれて、そういう悩みもあったけど、いまはDVDがある。

 それでも踏み込めるかっていうと、踏み込めてない。パラリンピックの人は大スターですけど、そういう能力のない人は孤独でしょうし。普通にスマホなどで解決してるように見えて、解決してない。(つづく)

 

【関連記事】山田太一 × 中井貴一 × 堀川とんこう × 内山聖子 トークショー レポート・『時は立ちどまらない』(1)