私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

三谷幸喜 インタビュー(2000)・『合い言葉は勇気』(2)

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香取慎吾さんは)このドラマでは役所役所広司さんの攻めの演技を受ける立場で、90%リアクション芝居なんですが、香取さんのおかげで、仁太郎と忠志の関係性がすごく深くなっているんですよね。仁太郎の傍若無人な振る舞いをグッと受け止めて、セリフを言うってことを、的確にやってくださっている。攻めの芝居がいい人はほかにもいますが、受けの芝居をちゃんとできる香取さんは、あの世代ではすごく貴重だなぁと思いますね

 

(ヒロインの信乃役・鈴木京香さんは舞台『巌流島』、映画『ラヂオの時間』などの三谷作品に出演しているが)それでも僕は、まだまだ彼女の持つ本質の部分を描けていないんです。実際の京香さんのほうが、はるかに面白くて、不思議な方ですから。仙台にいたころは砲丸投げの選手ですし(笑)。

 このドラマでは “京香さんを裸馬に乗せたい” と思ったんです。村に生まれ育ち、村で一生を終えるであろう、泥くさくて、ちょっと悲しい女性。ジョン・フォードの西部劇に出てくる女の人みたいに、男同士のケンカを仲裁して、投げ倒しちゃうような感じです

 

 僕、女性を描くのは得意じゃないんですよね。大体の場合、僕が出会った女性、というか僕が振り回された女性をイメージして作るんですが、何人出しても同じ(笑)。だったらひとりでいいかなと。ただし今回の信乃は、京香さん自身が一番近いですね

 

 どんなドラマでも同じですが、漠然とストーリーを考え、キャラクターを作った上でキャスティングに入ります。俳優さんが決まった段階で、今度はその人にキャラクターを近づけていく作業が始まるんです。この人が演じるとどういうセリフになるか、こんなことを言わせたら面白いんじゃないか、という発想で練り直します

 

 悪人方のフナムシ開発には、津川雅彦さん扮する顧問弁護士の網干頼母という、すごい知恵者がいるじゃないですか。彼に対抗するためには、村側にも「三国志」の諸葛孔明のような軍師的立場の人がいなくちゃいけないな、と思って作ったのが毛野山寺宏一なんです

 

(毛野と自分自身は近いのかと問われて)そんなことないですよ! 確かに僕もバスローブは白ですが(笑)、最も遠い存在ですね。むしろ語り手の忠志のほうが、僕と同じ目線で物事を見てることになると思います。

 毛野っていうのは、映画『ラヂオの時間』でモロ師岡さんが演じていた放送作家・バッキーさんと同一人物なんです。モデルは放送作家清水東さんと川崎良さん。おふたりともとても頭がよく、その場でどんどんアイデアを出し、パッと書き上げてしまうんです

 

 『タイタニック』のDVDを吹き替え版で見ていて、ケイト・ウィンスレットの婚約者の声がなんてうまいんだろうと思ったら、それが山寺さんだったんです。しかも彼は、僕と同い年なんですよ。昔から吹き替えは好きだったんですけど、同世代でこんなにうまい人が現れたのは、結構衝撃でしたね。決め手は『オースティン・パワーズ』。オースティンとドクター・イーブルのふた役やっていて、普通なら寒くなるような日本語のセリフもすごく上手で、シャレてるんです。それで毛野役にぜひ、とお願いしました。でも、彼は毎朝生放送で『おはスタ』とやってますから、ロケに参加できないんですよ。だから毛野は、屋内シーンにしか出てこないでしょう(笑)

 

 僕の書くものはセリフ劇ですから、何しゃべってるんだかわからない人っていうのは、基本的にダメなんです。滑舌のよさは、必ずしも絶対条件ではないですけど、注目度は高いですね。

 僕、面白い顔でいい声の人が好きなんですよ。『古畑』(『古畑任三郎』)アリtoキリギリス石井正則さんなんかそうで、あの容姿でいい声というギャップが、なんともいいんですよね。カッコよくて声のいい人は、面白くないんです

 

 犬塚村長田中邦衛亡き後、次の村長をだれにするかという問題が持ち上がります。敵の力を知り、戦いの難しさを知る悌一郎寺尾聰はなかなか腰を上げませんが、村が劣勢になったとき、頼りになるのはやっぱり彼なんですね

 

 これは削ってしまったセリフなんですが、信乃はジャンヌ・ダルクに自己投影しているところがあって、村のためなら人生投げうってもいいぐらいの覚悟があるんです。ニセ弁護士であることによって窮地に立たされる仁太郎を必死に励ますのも信乃だし、彼女がいたからこそ仁太郎も、ニセモノでしかなしえない、驚くべきパワフルな方法で村を救うんです

(以上、「TeLePAL」2000年7月29日号より引用)

 

 記事の最後に「これが本当に“最後の連続ドラマ”になるか、はたまた三谷が長年夢見る大河ドラマ執筆につながるか」とあるが、この後で念願叶って、三谷氏は『新選組!』(2004)と『真田丸』(2016)という2本の大河に登板。けれども民放の1時間枠の連続ドラマは、宣言通り『合い言葉は勇気』(2000)が現状では最後となっている。