通り魔殺人で妻を殺された男・アツシ(篠原篤)、閉塞した日常の中で肉屋の男を愛するようになった主婦・瞳子(成嶋瞳子)、同姓の友人に拒絶されるゲイの弁護士・四ノ宮(池田良)。
3人の主人公のそれぞれの愛のゆくえ(?)を描く、橋口亮輔監督の映画『恋人たち』(2015)。この作品では監督がワークショップで出会った無名の人びとがキャストに起用されており、著名な役者でなく、しかも役者の個性が役柄に反映されているゆえ、画面の人物は演技に見えないような強度でもって観客に迫ってくる。顔の知られた光石研、木野花、リリー・フランキー、内田慈なども登場し、作品に奥行きを与えている。
『恋人たち』は、11月の公開以降、関連イベントが何度も行われたが、1月に改めて新宿にて橋口亮輔監督が観客の質問に答えるティーチインとキャスト16名の舞台挨拶が行われた。
【橋口監督ティーチイン (1)】
橋口「ぼくはあの、賞に疎くて、袴田吉彦がスポニチ新人賞を取ってたのをついこないだ知りまして。片岡礼子がブルーリボン主演女優賞、木村多江さんも主演女優賞。リリー・フランキーさんは新人男優賞で、“こんな歳で新人賞?”って笑ってましたけど。ぼくはいままで個人賞をいただいてなくて、初めていただきました」
監督は、劇中でアツシが持っているアヒルのおもちゃを持参。
橋口「なぜかテアトル新宿さんにアヒルを持って来いと言われまして、これが沈まないアヒル。いまでもいっしょにお風呂に入ってて(一同笑)、お前よく沈まなかったなってしみじみ言ってます(拍手)」
冒頭のアツシはアヒルを前に、憑かれたように苦衷を喋りつづける。
橋口「(冒頭のアツシのシーンは)気の置けない誰かに対して話してる。自分の頭の中でつくりあげた、屈託ない誰か。あのアツシの芝居はいっぱい撮ったんです。はっとわれに返るところもあったけど。みなさんもひとりで部屋で話すことないですか。ぼくずっと話してたんですよ。あそこはおかしくなってるんだとブログに書いてる人がいて、端から見て部屋で話してたらおかしいかもしれないけど、でも失恋したり失敗したりして部屋で喋ってることない?
後で弁護士に話さなきゃいけない。結婚するとき、親に納得してもらうために履歴書を書いた。どんなに傷ついたか、どんなに大切なものを失ったか、弁護士に言うために練習してると受け取ってもらってもいい。何回も反芻していることが口をついて出てしまう。
人は生きる上で決心する。小さな決心の積み重ね。他人から見たら小さくても、当人にとっては大きい」
アツシの前を通りかかった仲むつまじいカップルのうち、男が立ちションを始める。
橋口「何でだろう、愛を実感させたかったんじゃないかな。愛ってこういうことだと思ったのは、31歳でニューヨークに行って、2か月半いたんですよ。ニューヨークのイースト・ヴィレッジっていうゲイばかり住んでるところがあって、お世話になってる人のところに泊まっていて。6月にゲイのお祭りがあって、アパートからハドソン川の横の路地が見えた。クマみたいなおっさんと男の子が寄り添って、男の子がおっさんのお腹をさすってた。ずっと通りにすわってて、愛し合うってこういうことなんだって。愛し合ってるって思ったの。
カップルが“今度どこ行く?”って言うだけじゃ弱いよね。小便するなよって思うけど、うざさしか感じないようなカップルが愛し合ってて美しいって思えるふうにしたかった。そうなったか判らないけど」
激昂するアツシに、カメラが急速にズームするシーンがある。
橋口「ブログやツイッター見てると、芝居がいいからがまんできなくなってカメラマンが寄ったんだろうって。時間がなかっただろうとか。でもあれは台本の段階から、ぐっと寄るって決めてある。寄ろうと思って台本書いてます。カメラマンの横にぼくがいて、合図したら寄ってください、と。きょうもたまたまそれ考えてて、映画は自由に撮っていい。どうやって力を持たせようかと。
山田洋次さんも、きちんと撮っているのに、ぐーっと寄ることがある。(寅さん映画では)とらやでカメラを意識させないほどなめらかに撮ってるのに、あるとき寄る。寅さん見てたらぐーっと寄ってて、ロジックじゃない、気持ちですね。
映画は、セオリーがあるようでない。(『恋人たち』は)自主映画みたいに撮ろうって。撮ったら、何でこんなふうに撮ったって批判されるだろうと思ったけど、この映画に相応しいと思って撮りました」(つづく)
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