私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

山田太一 トークショー レポート・『夕暮れの時間に』(2)

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 自分をつくった優秀な人は次の時代に合わせようとすると、自分を壊してしまう。自分をつくった人ほど次の時代に適応するのが苦しい。こういう苦しみを味わって、小津(小津安二郎)さんは『秋刀魚の味』(1962)をつくった。ぼくの老いとは関係ないけど、いろんな老いがあります。小津さんが無理をしてレールをひいたりカメラを動かしたりしたらみっともない。自分を封じて、自分の輪郭をはっきりさせるのは大変だったんだろうな。こういう先輩に教えられますね。どの時代にも適応するのは無理で、みなさんは若いから参考にならないかな。

 ぼくは、助監督だったころは笠智衆さんに近づけなくて、呼び出しに行くとき「お待たせしました。次のカット、お願いします」と。笠さんは石油缶に火をつけて当たってらして「はい」って全然偉そうでない。いつかこの人を主役に映画撮りたい、と。でも(シナリオを書くようになって)テレビで老人を主役にしたくても、企画が通らない。そういうときはNHKにすがるしかない(一同笑)。笠さん主役で3本書いて、テレビでの遺作になりました。

 エッセイを書いていて、このことを書きたいということを最初に書かない。全然違うことを書いて、終わりに書く。ポイントを言い過ぎない。「え、ここで切っちゃうの」というところで終わりにすると、余韻がいただけるかな、と。

 気が弱いせいか、言い切るのが怖い。そんなことを言えたおれか、という(笑)。じゃあ謙虚かっていうとそうでもないけど、でも逡巡ある文章になっちゃう。言い切るって広い意味で文学的じゃない。何か主張・攻撃するならいいけど、ぼくが書くものではありません。

 ドラマとエッセイは分けて考えてて言語化して全部書くわけではない。うまくいかないときは言語化するけど、なるべくそういうのは書きたくない。少しはみ出るものがあればいいと思っていますね。

 ぼくもいい歳だから、自分の輪郭を壊せないところはあります。人間の捉え方を根底からひっくり返すのは無理だろう、と。自己模倣はしたくないと思うけど、ぼくの断定で傲慢の言ですけど小津さんは模倣した。ぼくも若いときに書いたものとそっくりじゃないかと言われるものを書いて、ユーモアがあって断定してないとか違うものになっていればいいなというところがありますね。繰りかえし同じ物語を書いて完成していく。(繰りかえして書くと)ものを書く人間は厭になっちゃうだろうけど。

 人間は繰りかえしちゃう。杉山平一さんの詩「繰返す」にあるけど、人は新しいことをしているようでも繰りかえしてしまう。人は限定されているなとぼくは共感してね。でもこういう繰りかえしって人間にとって豊かなこと。音楽をたくさん入れる装置ができて、でも音楽って何回も聴くのがよくて。何千曲も入るって知ったら聴いてみたくなる。それは進歩ではなく退歩ですね。何かを繰りかえすことで人生に安定感をもたらしてるんじゃないかな。

杉山平一詩集 (現代詩文庫)

杉山平一詩集 (現代詩文庫)

 人は生年、国、足の長さも親も選べない。生まれる月も選べない。ものすごい限定をたくさん背負って生きている。宿命もひとつの財産で、もしそれがなかったら自己責任で顔も自己責任で困る。困らない人もいるかな(笑)。

 人は死ななきゃいけない。それも恵みで、いつか死ぬと思っているほうが生を愉しめる。どうして自分がいるのかも判らない。何故私なのか。死んでどこへ行くのかも判らない。宗教をお持ちの方は別ですけど、一般の日本人は判らない。ぼくも判らない。それも恵みで、死んでどうなるか判っていたら生きていたくないかもしれない。悲しいことからは脱出したいけど、生きる哀しみを知っている人のほうが豊かですよね。

 悲しいときはうんと悲しい。演歌は悲しくて、もっと悲しくって唄って、癒される。現実がくっきりしないから演歌を聴く。松竹の助監督だったころに「津軽海峡 冬景色」の青森で広間の場所取りをしなければならなくて。明るいおばさんたちと取り合って「誰も無口で」どころじゃない(一同笑)。でもぼくらは悲しいのが好きなんじゃないかな。悲しいってことで感受性が育てられる。

 知らないって大事で、判ったようなことを言っちゃいけない。ソクラテスが判らないことはそのままにしなきゃいけないと書いてる。頭いい人は昔からよく考えてるな。ヨーロッパでは宗教が入ってきてキリスト教が猛威を振るったから、ソクラテスの考えが普及しているわけではないですけど、ゲーテもそう言ってます。

 自分の将来も判らない。占いにお金を払ったり、知りたいっていうのも人情ですけど。(つづく

 

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夕暮れの時間に (河出文庫)

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