1984年に『宇能鴻一郎の濡れて打つ』でデビューして以来、『1999年の夏休み』(1988)、『毎日が夏休み』(1994)、『ガメラ 大怪獣空中決戦』(1995)、『ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃』(2001)など多数の作品を発表してきた金子修介監督。
金子監督はとりわけ特撮物が得意で、1990年代に『大怪獣空中決戦』に始まるガメラ三部作を発表。その後は『ゴジラ』の監督やテレビ『ウルトラマンマックス』(2005)のメインディレクターも務めた。
以下に引用するのは「週刊SPA!」1999年3月17日号に掲載された金子監督のインタビュー記事である。ガメラシリーズ3作目の『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』(1999)の公開前に行われたようで、この『ガメラ3』の難産ぶりが垣間見える内容になっている(文中の注釈は、本文下にあったものをねじ込みました)。
――美少女映画として仕上がっているのには正直、驚きました。同時に、金子作品らしいな、と。
金子 本当にね、自分で言うのもなんだけど、まるでプライベートフィルムのように自分の色が出たなって、そういう思いはありますね。
――第1作のときから、この帰着点というのは見えていたんですか。
金子 いや、1作目はかつてわれわれの胸を熱くした怪獣映画の本道というか、本格的な怪獣映画を作りたいというのが動機でした。具体的には本多さんや円谷さん(『ゴジラ』〈1954〉などの本多猪四郎監督と円谷英二特技監督)に対するオマージュ、怪獣映画の王道を目指すみたいな。
――2作目では脚本家の伊藤和典さんが、「もっと燃えるぜ」と、おっしゃって、まるで戦争映画のように(今回は、脚本が伊藤・金子の連名になったが、2人の資質の違いは「伊藤さんのほうが少しペシミスティック。僕のほうがもうちょっと希望的」〈金子〉)。
金子 やはり日本では怪獣映画が戦争映画のメタファとして機能しているという感じからね。じゃあ、もう戦争映画にしてしまえっていうふうに。本当に怪獣が出たら自衛隊はどう動くかとか、シミュレーション的なところをこちらも面白くてやったし、お客さんもその部分で喜んでくれた。ただ、それは最初に怪獣が現れるから効くんであって、それが一匹、二匹、さらに無数にやってくるとなるとね、今回は同じ手は使えない。
――なるほど。
金子 だから、ファンタジーの要素が強くなってる。本来、怪獣映画は空想科学映画であって、その枠を超えちゃうと何でもあり映画になっちゃう、と思ってるんだけど、実は今回は、その分野にちょっと踏み込んでいるんです。どこが科学だっていうようなね。
――『3』は「恋愛映画だ、という心構えでやった」と資料にはあるんですが。
金子 そうですね。
――ガメラを憎む少女・綾奈と怪獣イリス(「今までだと、どこに動力があるか、元の生物は何か、とか、考えて科学的に作ってたけど、イリスは結構自由な発想で、いかに格好良く、いかに薄気味悪く、いかにガメラに対抗し得るかってことを考えてデザインしてもらいました」〈金子〉 ちなみに新怪獣イリスの製作コンセプトは、「貝と鳥」だという)との恋愛映画…。
金子 怪獣自体がいろんなものに見えるんで、怪獣映画って様々な解釈が可能なところがあるわけです。そこが面白い。基本的にイリスは綾奈の恋愛対象として描こうとしてますから。今回は今までよりもずっと踏み込んだという意識がありますね。(つづく)
以上、「週刊SPA!」1999年3月17日号より引用
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