私の中の見えない炎

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偶像(スター)へのレクイエム・『シャツの店』『チロルの挽歌』

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 昨2013年、脚本家の山田太一のインタビューにおける木村拓哉についてのコメントがちょっと話題を集めた。

 山田は、木村が壁にぶつかっているように思われるとしてこう評する。

 

ある年齢になってくると、若い時に輝いていた人ほど壁が高くなるんです。方向転換は二枚目ほど難しい。(…)だけど、すごい人だから活かす道はいっぱいあると思います。たとえば、汚れ役をやるというより、本当に汚れてしまえる世界を選ぶとかね(…)いつも木村拓哉さんはちょっと不平そうな声を出すじゃないですか(笑)。それはもうあの人のキャラクターなんだから、作品の中でもっと引き出して、みんなで笑いものにしちゃうとかね(…)新しいキムタクさんを引き出すような役があればいいと思いますね」 

 スターを「みんなで笑いものにしちゃ」って新境地を開拓させる。その方法論(?)を山田が実作でやってのけたのが、鶴田浩二主演の『シャツの店』(1986)と高倉健主演の『チロルの挽歌』(1992)である。

 鶴田浩二は山田脚本の『男たちの旅路』シリーズ(1976〜1982)にて説教する主役・吉岡司令補を熱演。山田の意図としては戦中派の鶴田と戦後世代(水谷豊、桃井かおりほか)との相克を描こうというものだったがだんだん鶴田さんが何か言うドラマになってしまったという。

 不本意だった山田は『シャツの店』では鶴田を頑迷な初老のシャツ職人に配する。従順だった妻(八千草薫)の反乱に遭い、息子(佐藤浩市)の彼女(美保純)をなめてかかっていると、逆襲されて大恥をかく主人公(鶴田)。妻には冴えない中年男(井川比佐志)が言い寄ってきて、主人公は激怒(笑)。

 『シャツの店』の鶴田はコミカルな役どころで使用人(平田満)とのかけ合いはコントのようであり、また一方で時代から取り残された心情を吐露。悲哀も巧みに表現してみせる。『男たちの旅路』のかっこいい説教キャラも『シャツの店』の三枚目親父も、やや古びた価値観を強硬に主張するという意味では、根はひとつであった。

 

なんかあれだね。古い俺を残して、みんな変わってしまうようでね。俺がいいなと思う生き方は非難されるか、鼻で笑われることになっちまって。自分を変えなきゃだめだって、使用人にまで言われちまう。人間そうそう変わるもんじゃないなんて言うけど、時代っていうのは動いてるね」(『シャツの店』第4話)

 

 ラストで、よりを戻すにあたって妻が主人公に突きつけた条件には笑ってしまう。そんな『シャツの店』は強面で気難しげだった鶴田浩二の新展開を予感させたが、打ち上げの直後に入院した鶴田は翌1987年に62歳で帰らぬ人となった。 

 『チロルの挽歌』は主演に高倉健を迎えた前後編のスペシャルドラマで、健さんNHKドラマ初出演であった。

 鉄道自殺を図った男(杉浦直樹)を助けた主人公(高倉)は、その男に妻(大原麗子)を奪われてしまった。主人公は無愛想な自分を変えたくて、長年技術職として働いてきたにもかかわらず定年間近でサービス業を志願。北海道へ赴任する。だが無口すぎるゆえ周囲は混乱。「ほら、こういうときにペラペラっと喋ってくれれば、こっちはいろいろ考えないんですよ」などと言われてしまい、笑いを誘う。

 

サービス業に就きゃ、少しは人間が柔らかくなって、女房に逃げられなくなるって思ってな。自分がいいなんて思ってないよ。一生懸命変わろうと思ってる。変わって、女房をあんたから取り返そうと思ってるよ!」(『チロルの挽歌』前編)

 

 高倉健は、1960年代後半の東映任峡映画では寡黙なやくざとして爆発的な人気を博した。そして任侠路線の終了後は『幸福の黄色いハンカチ』(1977)や『八甲田山』(1977)などで口数少ない正調のヒーローを演じて、邦画斜陽の時代にもヒットを連発。だが『海へ see you』(1988)あたりになると、さすがにその神通力にも陰りが見え始めた。『チロルの挽歌』の、無口すぎる自分から変わろうとする人物像は、新しい役どころを模索する健さんに重なって見える。 

 『チロルの挽歌』のクライマックスでは急に健さんの娘(白鳥靖代)のナレーションが入り、視点が変わるのは話法の混乱ではないか…などと思っていると、登場人物たちの前にかつて北海道で栄えた炭坑で働く人びとの幻影が現れて、消える。町の再興に従事する市長(河原崎長一郎)は叫ぶ。

 

私に何ができるっていうんだ!何ができるんだ。何ができるっていうんだ…

 

 カメラ店主(金子信雄)もつぶやく。

 

その通りだ。時代が変わったんだ

 

 『シャツの店』も『チロルの挽歌』も、去りゆく時代への愛惜の情を描いているのが象徴的である。時代の変遷に洗われながら、何とか殻を破ろうとする男たち。

 今年11月、高倉健は83歳で逝去した。『チロルの挽歌』を経た健さんは『鉄道員(ぽっぽや)』(1999)や『あなたへ』(2012)など地味で実直な庶民という役柄へ転じていった。『チロル』が健さんに遺したものは少なくなかったのかもしれない。合掌。

 

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