私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

鈴木清順 × 山根貞男 トークショー レポート・『ピストルオペラ』『オペレッタ狸御殿』(2)

 ピストルオペラ』(2001)につづく『オペレッタ狸御殿』(2005)は人間の男(オダギリジョー)と狸姫(章子怡)との愛を描いた異色作。浦沢義雄による脚本・劇中歌には笑ってしまう(浦沢によるノヴェライズ〈河出文庫〉も傑作)。

 

清順「とにかくスリルとサスペンス。どんな映画でもそれが本命ですよ。愛とかくそくらえ(一同笑)」

山根「『オペレッタ狸御殿』はどこがスリルとサスペンスなんですか?」

清順「よく見てください(一同笑)」

山根「若い男女のラブストーリーじゃないですか」

清順「何の話? そうじゃない。アクション映画です」

山根「『オペレッタ狸御殿』は、鈴木さんが若いときに見た『歌ふ狸御殿』(1942)をやりたいと」

清順宮城千賀子のね。でもうまくいかなかった。(オリジナル版には)かなわないね。出来上がったのを見れば判るでしょ」

 

 主演はオダギリジョーと、中国映画『初恋の来た道』(2000)、『HERO』(2002)などで知られる章子怡チャン・ツィイー)。

 

山根章子怡はどうでした?」

清順「ああ、中国の人ね。他の国だって監督の要求は同じですよ。笑えとか、泣けとかね」

山根「鈴木さんにびっくりしてたのではないですか?」

清順「そんなことないでしょ。同じだよ」

山根オダギリジョーは、特に何もしていないですね」

清順「ただ突っ立っててもらった。そばにいるだけで」

山根「どうしてですか」

清順「でかい声じゃ言えないよ。名誉があるからね…。

 (『オペレッタ』は)当たらなかったんでしょ。これの後、来ないからね、話が」

 清順監督と山根氏の出会いは、山根氏が映画誌「シネマ69」の編集者をしていた時期であるという。

 

山根「初めて会ったのは40年前。「シネマ69」のインタビューです。3日間で9時間話しました」

清順「歳、近いよね」

山根「違いますよ、16違う。鈴木さんは、会ったときからほとんど変わってない。初めからおじいさんと言うか」

清順「顔が年寄りじみてますからね」

山根「昔は本もいっぱい読まれて、小川徹(編集)の「映画芸術」に映画の文章も書かれてた」

清順「あいつは兵隊仲間。あいつは内地、こっちは外へ行った。あいつが旅順の高等学校で、ぼくは弘前。できないやつは旅順か弘前だったからね」

 

 1991年の第20ロッテルダム映画祭にて、鈴木清順特集が開催され、山根氏も同行した。

 

山根「ぼくが訊いても(清順監督は)いつもまともに答えてくれない」

清順「あなたがまともに訊いてくれないんだよ(一同笑)」

山根ロッテルダムに招待されたときは、まともに答えてましたよね。それでも呆気にとられるような答えでしたけど(笑)」

清順「ああ、そうですか。招待してくれたんだから、悪いことは言えませんよ。私はもう覚えてない。認知症です(一同笑)」 

 最後に、近況について話された。

 

清順「身体が悪いし、映画を撮るとみなさんに迷惑がかかる。みなさんに懺悔してますよ。もう坊主になった(一同笑)。だから撮らない。撮るのも度胸。撮らないのも度胸(一同笑)」

山根「(清順監督より年上の)新藤兼人さんは『一枚のハガキ』(2011)を撮りましたよ」

清順「それは歳じゃなくて意欲の問題。私は、撮らないほうが映画界のためにいい」

山根「撮らない意欲ですか。変えてください」

清順「どうやって変えるの? 悪いなあ、あんた悪いよ(一同笑)」

山根「『オペレッタ』のときも、ボンベ付きで撮ってたんですよね」

清順「医者があぶないからやめろと。(仕事を)やるなら救急車だよって。

 いまは映画も本も…。1日テレビ見てボサッと。相撲がなくなると淋しいね」

山根「以前、スカパーで昔の映画を見てるっておっしゃってましたね」

清順「寅さんとか見てる。面白いよね。私は人情なんか大嫌い。自分と全然違うから面白い。(観客に)みなさん大変ですね、寒いのに」

山根「寒いですから、ご病気になったらどうしようとぼくはハラハラ」

清順「今生の別れかもしれませんよ…」

 

 鈴木清順監督がもう撮る気はないというのは残念だけれども、何となく予感していたことではあった。人を喰ったようなトークは面白く、まだ未見の作品を見ていこうと思わせた。