私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

対談 藤子不二雄A × 石子順(1990)・『少年時代』(3)

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石子:で、評判はどうだったのですか。

 

藤子:予想どおり、なんの反響もありませんでした。最初は見事なくらい。ふつう連載をはじめたら、かならず面白いとか詰まらないとかいう手紙が来るんですけど、一年間連載していて、ほとんど反応がなかったですね。それには僕も張り合いぬけしたんですが、ただ自分としてはとても面白くて、熱を入れて書きつづけました。で、最終回を書いて、それが載った「マガジン」が発売された週に、めちゃめちゃ手紙が来たんですよ、いきなり。あれは劇的でしたね。

  もう百何十通くらい、それもほとんど封書で来ました。もちろん子どもたちが多かったのですが、大人の人のもありました。そのほとんどが、最後まで読んではじめてわかったと書いてあったのです。途中はほとんどいじめの話ばかりでね、悲しい話が延々と続くわけですね。ふつう漫画というのはどっかにカタルシスがあって、主人公はひどい目にあうけど、最後にはひっくりかえすというふうになってる。ところが、この『少年時代』は延々といつ果てるともなく悲しい生活がつづくわけですね。それはおそらくいままでの少年漫画にはなかった漫画なんです。いったいこれは何なんだと、そう思いながらも読まずにいられなかったと、みなさん書いてありました。読みつづけてくれたのはどこかに興味があったからでしょうね。それが最終回になって、進二が終戦でお母さんといっしょに東京に帰る。そこで武との別れのシーンがあるんですけど、それを見てはじめてこの漫画の意図が分かって、最後で泣いたと、僕は漫画を読んで泣いたのははじめてですというような手紙が多かったですね。それで、僕はやっぱり書いてよかったなという気持ちになって、勇気づけられたものですから、じゃあ次は映画でと思ったわけ(笑)。

 

石子:映画化したいという思いは、もうそのころからあったわけですか。

 

藤子:すぐ思ったですね。漫画にはしたんですけど、漫画的表現では表現しえないものが何かあって、これはやっぱり映画でしか出来ないなと思ったのです。でも、それから十年くらいは、映画にするというのは単なる希望、夢でしかなかったわけです。それが三年くらい前に具体化しはじめたのです。

 

石子:『少年時代』というタイトルに変えたのは、やっぱり藤子さんの少年時代ともダブらせてのことですか。

 

藤子:というよりも、『長い道』というタイトルもとてもいいんですけど、僕はもうすこしスケールアップしたかったのです。もうちょっと広がりのある、普遍的な少年の物語、特殊な子どもの話じゃなくて、もっと大きな、みんなの少年時代という、誰もが通過する時代の話として書きたくて、大げさというか、ある意味で不遜なんですけど『少年時代』というタイトルに変えたのです。でも、ある人にすごくでかいタイトルつけましたねと言われちゃって、なるほどそうかと、僕はパッと思いついてつけたんだけど、よく考えてみるとたしかに大きなタイトルだなと気がつきました。

 

石子:タイトルと同じように中身もたいへん大きいですね。

 

藤子:ある意味でね。素材的にいろんな象徴が入っているなという気はします。だから、山田山田太一さんは当初、シナリオの打ち合わせのときに、僕はこれを恋愛映画として書くとおっしゃった。たしかに進二と武の不思議な関係は男女の恋愛感情と似ている。いいことばかりじゃなくて、ときには傷つけたり、傷つけられたり、ある段階では憎しみを持ったりすることもあるわけで、山田さんのコンセプトはすごく正しいなと思いました。それと、篠田さん篠田正浩はパワーのある演出をされる方だし、ある意味クールで、非常に男っぽい感じの映像をつくる方だから、逆にそういう展開のシナリオが面白いんじゃないかなと思ったのです。篠田さんと山田さんとは作家として異質なものをお持ちなわけで、その二人がドッキングすることによって、すごい効果が出るんじゃないかと思ったわけです。

 

石子:映画を見てると子どもたちがよく動いてますし…。

 

藤子:そうですね。

 

石子:あの武なんか漫画の顔とそっくりでしょ。

 

藤子:ちょっと古い顔立ちで…。

 

石子:目がつりあがっていたりして(笑)。

 

藤子:ああいう顔の子がいたのは、奇跡に近いですね。監督も当初、武というキャラクターを表現する子どもがいなかったら、この企画は流れるなとおっしゃっていたくらいでね。だから、子どもたちのオーディションには2年くらいかけました。延べにして三千人くらいの子どもを見たんじゃないでしょうか。もちろん写真だけというのもありましたけれども、あの子がいたんでほんとによかったですよ。つづく

 

以上、『シネ・フロント』第165号(シネフロント社)より引用。