私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

あなたの愛の陽だまりに・『お玉・幸造夫婦です』

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 元力士で妻を亡くし、いまはちゃんこ鍋の店を経営する主人公(浜田幸一)。七夕の日に彼は、思いを寄せていた指圧師の女性(八千草薫)に結婚を申し込む。主人公の娘たち(秋本奈緒美、近内仁子、小林恵)は再婚に猛反対。指圧師は愛想良く笑顔を浮かべながらも癖のある人物で、さらにはお調子者でうさんくさい息子(本木雅弘)まで現れた。

  国会議員を引退した浜田幸一が、主演級の役どころを務めるホームドラマ『お玉・幸造夫婦です』(1994)。メイン演出は巨匠・久世光彦で、当時幼かった筆者に強い印象を残した。今年の夏で四半世紀を迎えるこの作品を、一度見たきりだが振り返ってみたい。

 『寺内貫太郎一家』(1974)では作曲家の小林亜星を主演に起用した実績のある久世は、浜田幸一について「あの人をテレビで見て、何か惹かれるものがあったんですね。まったくの直感だけど」と述べる(加藤義彦『「時間ですよ」を作った男』〈双葉社〉)。

 大多亮柴門ふみとの鼎談では浜田との邂逅が語られた。

 

大多 ところで、久世さんが今回作るドラマはハマコーさんが出るんですよね。ハマコーさんはいかがですか。

 久世 なかなかいいんですよ。今度の番組は『お玉・幸造夫婦です』というタイトルで、浜田幸一さんはちゃんこ店主なんですね。現役時代は舞の海みたいに負けっぷりの潔い力士だったという設定なんですがすごくいい味を出しています。

 ハマコーさんとは全然面識がなくてバラエティー番組を見ていたらすごくよかったから会いにいった。会ってみるとまたいいんだね。それで、しばらく喋ってから「そういうことで、ご一考いただけますでしょうか」と言ったら、「いや、もう考えました。ハマコー、この体を先生にお預けします」って(笑)。

 柴門 ハマコー登場は矢沢永吉以来の話題ですものね。彼はちゃんと台詞を覚えてきてくれるんですか。

 久世 いや、覚えないですよ(笑)。

 柴門 じゃ、その場で喋るんですか。

 久世 それはまあ、いろんなやり方がある(笑)。」(「文藝春秋」1994年8月号) 

 

 浜田が1993年12月に刊行した『日本をダメにした九人の政治家』(講談社+α文庫)は、一大ベストセラーになっていた。一方、放送開始前に久世は『一九三四年冬 乱歩』(創元推理文庫)により、山本周五郎賞を受賞する。久世は80年代半ばごろから、テレビの仕事と平行してエッセイ・小説の執筆も精力的に行っていた。

 山本賞受賞の知らせがあったのは『お玉・幸造夫婦です』のリハーサル中で「午後六時過ぎ、スタジオの電話で受賞を知らされた後も、リハーサルは何ら変わることなく続けられていたし、久世の顔は疑うことなき演出家のそれであった」という(「中央公論」1994年7月号)。

 

「やったあ!」

 と大声を張り上げて真っ先に久世に握手を求めたのはハマコーさん。

「でもねえ」

 と、そのときのことを久世は苦笑いを浮かべながら述懐する。

「妙な気分なんですよ。だってあちらは一五〇万部も売れている本の著者でしょ。それにひきかえ、こっちはたったの一万三〇〇〇部ですからねえ」」(「中央公論」)  

一九三四年冬―乱歩 (創元推理文庫)

一九三四年冬―乱歩 (創元推理文庫)

 『お玉・幸造夫婦』では、浜田の演じる父親はテーブルの左端に座っており、かつての『寺内貫太郎一家』のように中央に鎮座しているわけではなかった(当時の筆者は『寺内』を見たことがなかったのだが)。劇中の浜田は大人しく優しい男で、むしろ八千草や本木らに翻弄されるポジションだった。政界では暴れ者として知られ、曝露本めいた著書をヒットさせた浜田が温和な親父役なのには驚かされるけれども、このような措置は父親が強いわけではなくなった時代を意識したものと推察される。ちなみに長女(秋本)の夫(氏神一番)は、浜田以上に完全に妻に振り回されていた。一方で田舎から出てきたお手伝いさん(三浦理恵子)の設定は『寺内』を彷彿とさせ、おそらく『お玉・幸造』は“古今折衷”を狙ったものであろう。

 しかし、浜田がたどたどしい台詞回しで穏やかな父親役を演じるというのはインパクト不足だったか、『お玉・幸造』の視聴率は低迷する。

 どうでもいい想い出話になってしまうが、学校で音楽の授業中にこの作品のオープニング主題曲「メリー・ウィドー・ワルツ」が偶然取り上げられた際、周囲の誰ひとり反応しなかったのを覚えている。ああクラスのみんなは見ていないんだ、と筆者は妙な優越感を覚えた(エンディングは藤あや子「花のワルツ」)。

 

 この前年に久世が演出した『さくらももこランド 谷口六三商店』(1993)では、時代の寵児だったマンガ家・エッセイストのさくらももこを脚本に起用し、メインタイトルなどにもさくらのイラストを使っていた。やはり久世がさくらによって自らの作品世界を更新しようとしていたとおぼしいが、視聴率は振るわない。

 この時代のホームドラマと言えば、橋田壽賀子脚本『渡る世間は鬼ばかり』シリーズが古色蒼然としたくどい台詞に地上げなどの最新トピックを織り込んで、人気を集めていた。また貴島誠一郎プロデュースの『スウィート・ホーム』(1994)や『長男の嫁』(1994)などは、嫁姑や子どもの受験といった昔ながらの題材をコミカルに誇張して話題をまいた。この二者のあくの強さ・アップデートの巧緻さに比すと、陽だまりのような久世作品の“古今折衷”はいささか分が悪かったように思える。大人しい父親が周囲に振り回される『お玉・幸造』の構図は、ヒット作が出せなくなってとまどう久世の心情を反映しているのかもしれない。 

スウィート・ホーム [DVD]

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 世間からは忘れ去られた形の『お玉・幸造夫婦です』だけれども、いまだにふっと記憶が甦ることもある。

 映像や演技陣のよさ、失笑してしまう浜田の素人演技の面白さに加えて、八千草の息子役・本木雅弘と浜田の次女役・近内仁子のラブシーンが忘れ難い。同時期に久世演出の『涙たたえて微笑せよ』(1995)や映画『GONIN』(1995)などでも怪演していた本木は、お調子者でしたたかな息子役として精彩を放った。本木と近内のからみは、変なホームドラマだなと気軽に見ていた幼い筆者にトラウマティックに刻み込まれている。そして最終話での別離には、あんなふうに誰かと別れてみたいというあこがれを、いまだにちょっとかきたてられるのだった(笑)。 

 

【関連記事】久世光彦 インタビュー(2002)・『一九三四年冬 乱歩』『蕭々館日録』(1)