私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

蓮實重彦 トークショー “ハリウッド映画史講義” レポート・『拳銃魔』(2)

 ジャック・ターナーは、無声映画時代に活躍したモーリス・トゥールヌールの子どもで、パリで生まれております。フランスで生まれてハリウッドで成功した例はほとんどありませんので、例外的な存在かもしれません。私がターナーについて学ばせていただいたのが“Jacques Tourneur: The Cinema of Nightfall”。クリス・フジワラ氏の1冊目の書物で、決して一流とは見なされていなかった作家を何とか一人前にしようという健気な努力によって書かれたもので、ぜひお読みになってください。作品ごとに書かれていますので、ためになる書物だと思っております。フジワラさんからいただいてしまったもので、こんな長い献辞がついていますけれども、お見せするつもりはございません(一同笑)。

Jacques Tourneur: The Cinema of Nightfall (English Edition)

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 『過去を逃れて』(1947)、B級のホラーではなくごく普通の映画ですが、クリス・フジワラ氏も言っておりますが、ホークスなど古典的な映画作家と同じようにキャメラの位置関係を意識させない自然な撮り方をしている。いったいどこにキャメラを置いているんだというような途方もない画面はなく、普通に撮っている。『過去を逃れて』はジャック・ターナーの傑作のひとつで、ターナーの中では数少ないごく普通のフィルムノワールであって。一度見たら忘れないほどの悪女が出てきまして、悪女に私は絶対的に弱いから擁護しようと思いますが。この映画の悪女たちは何を考えているか判らなくて、しかも男の世界を裏から操っているような。不幸があったかもしれないけど、自分が生きるために男を何人殺してもかまわないというようなすさまじい人で、ジャック・ターナーにはこんな緻密な演出ができるのか、見事な演技指導ができるのかと驚かれたかと思います。『ベルリン特急』(1948)、『女海賊アン』(1951)、『法律なき町』(1955)。いずれも普通ですが、普通というのは難しくてつまらなくなってしまうんですが、普通のことをつまらなくせずに撮るというジャック・ターナーの才能を認識しました。どなたか訳してくださればいいんですが、これを読んでくださらなければあなたとつき合わないとは申しませんけれども、気にとめておいていただければと思います。

 ジャック・ターナーがハリウッドにどのような貢献をしたかということについては、いまだ十分に言い尽くされておりませんので、ひとつずつつぶしていくということをやっていただきたい。『過去を逃れて』の怖い殺し屋、いざとなれば男をも撃ってしまう素晴らしさ。自分も最終的に死んでしまうんですが、女優が輝いているという点では27本のうち1番ではないかと思っております。 

 『堕ちた天使』(1945)と『天使の顔』(1953)、オットー・プレミンジャーについてお話いたします。当時のオーストリアハンガリー帝国で生まれたユダヤ系の人であり、演劇の勉強をする。オーストリアで映画を撮った後、ハリウッドに渡り20世紀フォックスと契約を結んで、舞台の演出をやっていたんですけれども、彼にはプロデューサー的な資質があると認められて兼任するようになります。第一回作品『ローラ殺人事件』(1947)にはルーベン・マムーリアンという監督が用意されていたのですがうまくいかないというので、オットー・プレミンジャーダリル・F・ザナックに上申して、プレミンジャーが流麗なタッチでミスティカルに撮り上げた。そして次々に優れたフィルムノワールを撮ることになるわけです。 

ローラ殺人事件 [DVD]

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 『墜ちた天使』と『天使の顔』はどこかしら似ている。男たちが偽装結婚のようなものをして女の主人になりすますという、入り組んだ関係があります。それで自分が得をするはずだったのが得をしないかもれないとおびえるのが『堕ちた天使』です。共通するのは出てくる男が殺人はしないまでも、深く悪に足を踏み入れている。そのためにダナ・アンドリュースロバート・ミッチャムという、正義漢の顔をしていないふたりがこれを演じることになるわけですね。ダナ・アンドリュースは見るからにちょっと悪そう。クリス・フジワラさんがいちばん好きなスターだそうですけれども、ちょっと悪いけれども決定的に悪くはない。悪の風土を漂っていて、抜け出そうと偽装結婚する。うまくいった場合が『堕ちた天使』。アリス・フェイにつけいって、形式上の結婚をしてしまう。『夜の人々』(1948)の場合もそうですが、『夜の人々』は叙情に満ちていて諧謔精神も感じられる。ところが『堕ちた天使』の場合は叙情性も諧謔性も感じられず、ひたすら厭な感じがする。どうしてこのふたりが結婚してしまったのだろうと思っていたら、実は結婚はよかったのであり、ダナ・アンドリュースが無罪放免に終わる。(つづく

天使の顔 [DVD]

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