私の中の見えない炎

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繚乱始末・『ショーケン』『シナリオ無頼』

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 いまから20年前、大河ドラマ元禄繚乱』(1999)が放送された。題材は忠臣蔵大石内蔵助役の中村勘三郎以下東山紀之宮沢りえ石坂浩二萩原健一滝田栄大竹しのぶ滝沢秀明など豪華絢爛なキャストが顔を揃えている。

 当時10代だった筆者は身辺が大変で全話見ていたわけではないのだが、メインキャラの人物設定や刃傷に至る経緯など野心的な趣向が凝らされ、瑕瑾はありつつもユニークな忠臣蔵に仕上がっていた。当然大ヒットが期待されたけれども、視聴率的にはもうひと息という結果に終わっている。

 『元禄繚乱』の打ち上げパーティーでは、脚本の中島丈博と主演の勘三郎とがつかみ合いになった。打ち上げの時点(1999年11月)で最終回はオンエアされておらず、放送中に不協和音がスポーツ紙で報じられるのはインパクトがあった。

 騒動に至るまでには、やはり前段があった。約10年後に、中島は回想する。

 

担当プロデューサーが「勘九郎さん(当時)が一度一緒に呑みたいと言っている」と言うので、ミーハー気分で出かけて行ったのだけれど、要するに、もっと内蔵助を中心にという主役から脚本家への注文にほかならなかった」(『シナリオ無頼』〈中公新書〉)

 

 『元禄繚乱』の基本は群像劇形式で、殊に序盤は萩原健一の眼を光らせたりして怪演する奇矯な徳川綱吉がほとんど主役のような活躍ぶりだった。萩原綱吉に喰われた格好の勘三郎が、心中穏やかではないのは想像できる。

 中島は「出演者とも仲良くしたい気持はあるけれども、私にとっては、自分好みの劇的宇宙を開陳することが第一義である」とも記しており、つまりは勘三郎の要求をやんわり拒絶したということであろう。 

シナリオ無頼―祭りは終わらない (中公新書)

シナリオ無頼―祭りは終わらない (中公新書)

 萩原の『ショーケン』(講談社)によると、メイン演出の大原誠に綱吉役を依頼されたという。

 

NHK内部で別の俳優を押す声もある中、「綱吉はショーケンでなければならない」と大原さんが強力に主張してくださったのです。撮影に入る前には、大原さんとふたりだけでホン読みをやりました。NHKの演出家が、役者ひとりにそこまでするというのは大変異例なことです」(『ショーケン』)

 

 萩原がシェイクスピアの「リチャードⅢ世」をイメージして演じたという綱吉役は、彼の後期キャリアにおける代表作と目されることになった。

 

このドラマ、本来は忠臣蔵モノだったんだ。しかし、ご存じのように大石内蔵助が昼行灯を決め込む期間が長い上、中島丈博さんが吉良上野介を悪役として描かないという解釈を採っている。そのため、前半の興味はぼくの演じる綱吉に集中し、ほとんどぼくが主役のようになってしまいました。

 内蔵助を演じた中村勘三郎さん、当時の勘九郎さんとは、最終回近くなって、やっと顔を合わせた。綱吉が内蔵助の真意を確かめるため、身分を偽って内蔵助と対面する場面の撮影があって。

 もちろん、史実ではあのふたり、会ったりはしてないよ。身分が違い過ぎる。アレは、大原誠さんが知恵を絞った創作です。

 ここで、勘三郎さんは、討ち入りの真意を長々と語る。それはいいんだけど、しゃべるたびにセリフの中身が変わるんだ。

 例えば、ぼく、綱吉に問いかけられて、

「左様でございます」

と言うところを言わなかったり、台本にないセリフをくっつけたり、テイクを重ねるたびに違うことをやるわけさ。

 ぼくは、勘三郎さんは大変な名優だと思います。長年、歌舞伎という古典芸能をやってこられて、難しい時代劇用語も立て板に水のごとくしゃべって、まったくつっかえも間違えもしない。

 それはそれで、素晴らしい才能であり、演技力です。しかし、やるたびに演技が変わっては、相手は困ってしまう。おれ、演出している大原誠さんに、

「監督、どうなってんの?ココ、内蔵助のセリフ、左様でございますって書いてませんか?書いてあるんだから、その通りにやってもらわないと…」

「それはそうなんだがねえ」

 勘三郎さんに遠慮しているのか、大原さんの返事は要領を得ない。勘三郎さんは平然としている。私は勘三郎さんに聞いてみた。

「ねえ、一年間、ずっとそうやってた?」

「と、言いますと?」

「そうやって、やるたびにセリフを変えたりしてた?」

「はい」

(道理でなあ…)

 かねがね、おかしいとは思っていたのです。中島丈博さんのホン、もらうたびに、内蔵助のセリフの中身が薄くなってゆく。つまり、ホン屋が愛情を持って書いてない、内蔵助に思い入れを持てなくなっている、ということがわかるわけさ。これだけ好き勝手なことをやられたら、中島先生もさぞや腹に据えかねていたに違いない」(『ショーケン』)

 

 萩原は、勘三郎が舞台役者であるがゆえに芝居を変えてしまうのも仕方がないと、擁護するような表現をしている。

 

勘三郎さんもまた、大原さんが直々に口説きに行っていたそうです。歌舞伎座で「是非とも内蔵助を演じてください」と訴え、本業の日程を変えてもらってまで出演にこぎつけている。そういう経緯があったから、勘三郎さんが必ずしもホンの通りにやらないということは、大原さんにしてみれば了解済みだったわけだ」(『ショーケン』) 

ショーケン

ショーケン

 だが中島の回想を読んだ後では、見せ場の少なさに業を煮やした勘三郎が独断で脚本を変更したようにしか思えない。

 中島は大河ドラマ4本の脚本を手がけているが、1・2作目は順調だったのに対して、3作目『炎立つ』(1993)と4作目の『元禄』ではトラブルに見舞われた。『炎立つ』ではやはり渡瀬恒彦に喧嘩をふっかけられ、勝手に台本を変更した渡瀬に「大時代な台詞を朗々と」語られて驚いたという。

 

出演者の欲求不満を脚本家に丸投げするようなこんなやり方をとるようではプロデューサーの劣化現象と言われても仕方がないであろう。もともとこうした現場での煩わしい難題を上手く裁くためにプロデューサーは存在するのであるのに、出演者に責め立てられ、苦し紛れに両者をナマにぶちかませる。こういうことをして、良い結果が得られるとはとても思えない」(『シナリオ無頼』)

 

 余談だが喧嘩の後で、中村勘三郎中島丈博とそれぞれに仕事をしていたのが演出家の久世光彦であった。久世は勘三郎主演の舞台『浅草パラダイス』(1998)や『さらば浅草パラダイス』(2001)をヒットさせ、一方で舞台『冬の運動会』(2002)やテレビ『血脈』(2003)では中島と組んでいる。こんな強烈なふたりの間を行き来?すれば、並みの監督なら角が立ちそうなのに久世のしたたかさに改めて感服、というのも変な締め方だが…。

元禄繚乱〈上〉 (角川文庫)

元禄繚乱〈上〉 (角川文庫)