私の中の見えない炎

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曽野綾子 インタビュー(1985)・『時の止まった赤ん坊』(1)

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 保守的、と言うよりクレージーで頑迷な言動の目立つ作家・曽野綾子だが、かつては『天上の青』(新潮文庫)や『華やかな手』(同)、『わが恋の墓標』(同)、『雪あかり』(講談社文芸文庫)など優れた作品を多々発表していた。

 曽野の作品の中で、登場人物が特技で活躍したりする冒険物?的な系譜があり、その代表的なひとつが『時の止まった赤ん坊』(海竜社)である。刊行当時のインタビューを入手したので以下に引用したい(明らかな誤字は訂正し、用字・用語は可能な範囲で統一した)。

 いま、アフリカ難民に多くの関心が寄せられている。しかし私たちはまだまだ知らないことばかりなのではないだろうか。

 この小説の舞台は、アフリカ大陸の東南の沖合にあるマダガスカル島の産院である。現地で三週間取材をされたという作者に、体験談などさまざまなお話を伺った。

 

〈取材ウラ話〉

——マダガスカルというところは、この小説では蠅が非常に多い話とかトイレが不便な話などがあって、大変なところだと思いましたが。

 

曽野 日本的感覚で言えば、不潔だとか、食糧状況が悪いというのでしょうが、私はそういうことがわりに平気なほうですので。

 

——でも治安などはどうなのでしょうか。危険はお感じになりませんでしたか。

 

曽野 危険というのはどこにいてもあるものだと思いますよ。日本にいても、さまざまな種類の危険があるわけで、その意味では同じです。

 また私は、身にふりかかる危険を避けるように、考えて暮らすことも人生の楽しみのひとつだなどと思っているところもあるのですね。それはともかく、今までのところ幸運にも事故に遭わずに済んできました。

 

——マダガスカルはアフリカの東南の沖合にある島だそうで、やはり不便なことも多いと思いますが。

 

曽野 たしかに雨季の交通の便はひどいですし、食物が日本とは大分違います。また虫が多くて刺されて困るなどありますね。でも私は数日前エチオピアから帰ってきたところですが、あの辺も大体事情は同じですね。

 

——そういうところに、特に女性がいくというのは大変でしょうね。

 

曽野 まあ、暑かったり寒かったりと気象条件が悪いとか、時には野宿ということもありますからね。他にも水がないとか、羊ばかり食べ続けなければならないとか。イスラム圏の国にいけば酒はまったくありませんし。また私は英語が下手ですが、まず外国語で暮らさなければならないということがありますね。そのように種々の条件に耐えなければなりませんが、私の場合たまたま条件がどうにか揃っていて、例えば羊ばかりを何日食べていても平気ですので、なんとかなっております。

 

——お見受けしたところ、そんなにたくましいとは…。

 

曽野 いえ、本当にたくましいです。とにかく外国で暮らすためには、まず健康でなければ駄目ですね。それから暑いところにいくと食欲がなくなるとか、きたないところでは精神的に竦んでしまうなどという方では多少無理ですね。

 

——精神的なものも大きいですか。

 

曽野 そうですね。つらいと思いだしたら、もう苦しくなりますから、私などつらくない、と自己暗示をかけているところがあります。

 

〈理性に基づいた援助を〉

——そのようにさまざまなご苦労のうえで、この小説が生まれたわけですね。

 

曽野 私は外国を舞台にした小説を書く時、絵はがき小説になってはいけないと思うんです。

 昔、シネラマというのがありましたね。日本の劇場にいて、いったこともない外国の景色がまるで自分がその場にいるかのように立体的に見えるという、私はそういう程度の書き方で外国を書いてはいけないと思うのです。

 それにはいろいろな方法があるのでしょうが、観光客としてではなく、なんらかの生活の場に多少なりとも加わって暮らすことが出来る状況があるかどうかが大きな問題で、私はそういう場所を選んで書いています。

 この小説でも、ベトレヘム産院としてありますが、本当はアベ・マリア産院と申しまして、私はそこで実際に下働きをさせてもらったのです。そこは野戦病院みたいなところですから、手のあいている者はなんでもやれということで、私はシスターの一番役に立たない助手みたいなことをさせて頂きました。時には何時でもとび起きられるようにと、洋服を着たまま寝るという生活でしたが、そういう暮らしに参加して、はじめて裏も表も分かるということがありますからね。つづく

 

以上、「ほんのもり」No.8より引用。