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寺田農 × 中堀正夫 トークショー(実相寺昭雄監督特集)レポート・『姑獲鳥の夏』『ユメ十夜』(4)

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【現場でのエピソード (1)】

 京極夏彦原作の大作映画『姑獲鳥の夏』(2005)には、寺田氏は出演していない。

 

寺田「京極さんの映画でぼくは出てないけど、調布のオープンセットを見に行ったの。9時開始ぐらいで群衆もいて、中堀のカメラもいて、助監督もテストやって、肝腎の監督がいないわけだ。いま家出たらしいとかで、何十分かしてふらふらになって来て、二日酔いなんだね。テレビの人でモニター主義だから、映画の人はレンズ見ないで芝居つけるけど、実相寺はモニターしか見ない。ダメ出しがあると、助監督に言えって。おそらく現場で監督の顔見たことがないって役者もいると思う。その日も酔っぱらって、モニターの前で崩れるように来て、テスト1回やったら本番でオッケー。モニターも見てなくて、それだけスタッフを信用してるんだろうけど、そしたら中堀が飛んできて“監督、もう1回やってください”と。ロングに車が1台通ったと。監督は“そんなの誰も見てねえよ!” 。“後で消しゃあいいんだ” 」 

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 寺田「でも音楽(コンサート、オペラなど)の仕事になるとね、ぼくは映像より音楽でのつき合いが多いんですけども、映像のときのように傲岸不遜でなくて、稽古の1時間半前くらいからいるんですね。朝比奈隆とかマエストロがいるけど、実相寺は謙虚で神に仕えるしもべのごとくなんです。あの傲慢な態度はどうしたって言うと“そんな、ベートーベンには勝てないわよ”とか言う。だからぼくは、実相寺の仕事の中では音楽はよかったなと。音楽は絶対的なところがあるから変えられないんですね。全部決まってテンポもあるから、その隙間を縫って実相寺のプランがあって、ぼくが喋ったりする。音楽の大きな枠があるから、はみ出せない。映像は知恵と発想で何でもできちゃうから、客は取り残されてしまう」

中堀「頭もよくて勉強してるから孤高というか。森谷司郎さんの『八甲田山』(1977)みたいなのつくってほしいっておれなんか思うんだけど、何言ってんのって。ほんとは東宝に受かるだけの実力はあったんだけど、大学の夜間部はだめだったんですよ。大学の先輩だった森谷さんにつきたかったらしいんだけど。でももし森谷さんについてたとしたら、3日ももたないですよ。粘ることを絶対しなかったから」

寺田「几帳面なんだけど、夕方にまだ3カット残ってたりすると“もうワンカットで行こう!” 早く酒が飲みたいの。これ以上やってもダメだとなったら、平気でそうやってた。岡本喜八さんは死ぬほど自分のカットを変えなかったけど、実相寺は自由自在で酒が飲みたくなるとワンカットになっちゃう」

中堀「最初30カットで、これ徹夜になっちゃいますよって言ったら、じゃあワンカットにと。それが最初につき合った『怪奇大作戦』(1968)の「恐怖の電話」だったんですよ。それでやったら、結局徹夜になった(一同笑)。

 「恐怖の電話」では美センのきたないセットにブリューゲルの絵がほしいっていうことで、飾ってある。かなり好きだったみたいですね。 

恐怖の電話

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中堀「高校の同級生もみんな、実相寺さんがあんなにできるって知らなくて。学校終わると、日仏会館に行って勉強してたんですね。後でコマーシャルの撮影のとき、こんなに文法に間違いのないフランス語を話す人はいないってぼくらはフランス人に言われました。夜、どのくらいできるんですかって言ったら、最初は厭がってたんだけど、アラン・ドロンのコマーシャルの真似してくださいって言ったら、本当にアラン・ドロンみたいに話すんです。長さから何から」

寺田「カラオケなんかつき合いで行くと、歌がすごくうまい人っているじゃないですか。だいたい男も女もブスなの。実相寺を見てても、やっぱ才能って顔じゃないんだね(一同笑)。あいつの顔のどこに叡智のかたまりが入っているのか」

 

 晩年の映画『ユメ十夜』(2006)では、オムニバスの第1話を担当。

 

寺田「『ユメ十夜』のときは会って、今度漱石の「夢十夜」をひとりずつの監督が10人で撮る。“第1話をと言われてるんだけど、久世(久世光彦)に頼みたいのよ、脚本を”と。久世の本だったらいいよってプロデューサーに言ったら、判りましたと。久世さんは、ああもちろんいいですよと。本ができて、飲みながら聞いたら、見せてもらったら原稿用紙5、6枚しかない。台詞もなくて、あらすじみたいの書いてあるだけ。久世は喧嘩売ってきたんだね。これで撮れるものなら撮ってみろと。実相寺は久世さんに“結構です。ありがとうございますとお伝えください”とプロデューサーに。ふたりのばちばちバトルだね。東宝ビルトで撮ってたら、久世ちゃんが来て“セットを拝見してもいいでしょうか”って丁重に言うんだね。実相寺も“どうぞどうぞ、ご覧になって”と他人行儀に。おれは久世ちゃんと旧知だから話してたら“すごいな、演出ってこうやるんだ!”と(一同笑)。名作を撮ってきたディレクターが。そのぐらいに久世ちゃんは実相寺が好きだったんだね」

中堀「ずっとは見てないで“実相寺のやることは全くわかんねえ。おれ帰る”って(笑)。

 キョンキョン小泉今日子)を選んだのも久世さんなんですよ。監督はキョンキョンにお願いなんかできない。衣装合わせにも久世さん来てくれて“実相寺なんだから、脱げって言われたら脱げよな” 」

寺田キョンキョンが歌手から芝居をした第1作っておれいっしょだったんだけど、演出が久世ちゃんなんだよね。テレ朝の『あとは寝るだけ』(1983)。キョンキョンはすごくよくて、久世ちゃんは小泉のことをよく知ってて、だから『ユメ十夜』も」(つづく) 

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