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田中優子 講演会 “家から連へ” レポート (2)

【基調講演 “家から連へ” (2)】

 私たちは個人と家とを対立的に考えてしまいます。家族制度から逃れたい人も出て来て、個人を中心にした文学、私小説があるんですね。江戸時代は家対個人という構図ではなく、家と家でないものという関係でした。幕府は徳川家で、藩も家。国家は存在しません。日本という概念はイメージとしてはあるけれど、法律にはない。いろんな家が組み合わさっているんですね。でも家でないものもたくさんあって、若衆組や年寄組、結。村にみなし子がいたら、周辺の人が結を組んでその子を育てる。女性だけの組の娘組、若い男性だけの組とで話し合って、ふたりを結婚へ持っていくとか。組、結、座、衆は村で連とかは都市。連は10〜20人。江戸時代の組織は大きくならないで、連がたくさんできる。

 江戸時代の連の特徴は、人と同じにならない。でも人と無関係にならない。そこに自由を発見する。大集団を組まないで、個々のつながりを大事にする。よく判るのが連句です。俳句は江戸時代になくて、五七五の発句に別の人が七七をつける。ずっとやって100句つけることもあるんですが、だいたい36で終わりで、それが定型です。連句を巻くときに、活躍するのが宗匠というリーダーですが、みんなを引っ張りません。それぞれの個性を生かす役割なんですね。連句では句によって情景が全然変わってしまう。ひとりの個人がいたとしても、関係性によって意味が変わってしまう。個人は絶対なものではないというメッセージが連句にはあります。世話役、コーディネーターはいますけど。

 いま評判の『ホモ・デウス』(河出書房新社)を読んでいたら、そっくりな文章が出てきました。最近は、人間は分割可能なもので単一な自己ではないというようなこと。ひとりの中にたくさんの個人がいて、協力してものを生み出すのが大事だと。江戸時代にも世間というものがあって、自分はそのひとつで関係の中でものを生み出していこうと。浮世絵1枚でもいろんな人たちが集まってつくります。1765年、浮世絵は突然カラーになります。高度な印刷技術が現れて、連で開発されたんですね。カラー印刷で、天才的な絵師が現れたとき、みなで協力して本をつくりました。それが喜多川歌麿で、連に支えられて世に出て行きます。美人画だけでなく、昆虫とか植物の画も描いていて、チャンスにも恵まれました。そのチャンスを連がつくった。 

 コミュニティには長がいませんでした。庄屋や名主など3人がトップです。3人に対していろんなことを言うのが寄り合いという議会。これが村の自治組織。町では町年寄がリーダーで、みなの意見を幕府の奉行職に伝える。

 江戸時代には母と子の浮世絵が膨大な量あります。いろんな年齢の子どもが母といっしょにいる。子どもも働いていて、家は働く場で、家族は働く同僚でもある。そこに連の可能性があるように思います。

 学校、寺子屋も家族で働いています。別の話になりますけど、寺子屋の絵の共通点は学級崩壊(笑)。生徒は絶対先生のほうを見てなくて、好きなところに机を置いて、遊んでいます。先生はそれぞれの子に別々の教科書を与えて、添削をする。騒ぎ出したら、そのままでしょう。私も教育現場にいますけど、みんなが同じ方向を向いているのが不思議な気がしてしまう。明治以降のスタイルは、学校の絶対のスタイルではないということが判ります。同じことを教えると、効率的だとかたくさんの人が受けられるというよさがありますけど。

 家族を考えるとき、家族の中だけ考えているとわかんないんです。ずっとその形を守らなくてはいけないのか。連が教えてくれるのは、人の社会というのは協力しながら何かを生み出して発展していくということです。協力関係の中にこそ自由を見出してきた。これからの家族は、血縁でなくてもいいかもしれないです。女性の高齢者はひとりになる可能性が高い。子どもたちとだけか、ひとりだけか、施設かしか選択肢がないような気がしてしまいます。ただ血縁でない者同士がひとつの空間でコミュニティをつくるということもできます。それを現実的に教えてくれるのがLGBT。江戸時代からずっとあって、当時はずっと自由でした。男性同士のカップルも物語の中に出てきます。LGBTは人類発生以来ずっとあった。男女がいっしょにいなくてもいい。そういう家族があってもいい。LGBT先進国は日本だったのに、遅れていきました。(つづく) 

江戸の恋 ―「粋」と「艶気」に生きる (集英社新書)

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