私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

竹下景子 × 森本レオ × 堀川とんこう × 工藤英博 × 鈴木嘉一 トークショー “制作者が読み解く市川森一の魅力” レポート・モモ子シリーズ『十二年間の嘘 乳と蜜の流れる地よ』(4)

【『傷だらけの天使』(3)】

工藤「市川さんはハッピーエンドのホームドラマは書かないと言われて。『傷だらけの天使』(1974)の最終回で水谷豊を殺すのも、刺されて死ぬのはかっこいい。風邪こじらせて肺炎で死ぬというのがみっともない。それが市川流。祭りだと言ってて、終わった翌日は綺麗さっぱりなくなる。情けなく死んで夢の島に棄てる、儚く消えるっていうのが真骨頂ですね」

鈴木「堀川さんと『グッドバイ・ママ』(1975)をやる前年ですが、『傷だらけの天使』と『黄色い涙』を同時進行したというのはいかがですか」

堀川市川森一は実に多面体の人で、私がつき合った面と、全く見えなかった面とがあった。いまとなってすごい人だったと思います。つき合ってたころは尊敬の態度を示すことはなかったけど、むしろ不機嫌で市川メルヘンはいいよとか言いました。時代が書かせたとかではなくて、内発的なものに従ってこうだったんだろうと思います。モモ子シリーズをやってても、お行儀の悪い台詞がうまいんですよ。NHKの大河では品のいい台詞を書いてましたけど、多面体だったと思います」

工藤「堀川さんがおっしゃったように、いろいろなフォーカスを持った作家で、すごい才能だなと思います。夢を追いかけてもすべて叶うわけでないけど人生はつづいていくという、市川さんの心根がうかがい知れる気がしました」

森本「ねたに困るとよく電話かかってくるし、来いって言われて行くと、台詞の相手しろと。森さんが役者気分で台詞読むんですよ。ぼくが何か答えると、“それ、もらいもらい” 。自分で演じながらやってる作家なんだって」 

【モモ子シリーズ (1)】

 堀川氏は『グッドバイ・ママ』が市川氏との出会いだった。

 

堀川「そろそろ自分でプロデュースして演出してみろって言われまして、木曜日の9時に連続ドラマをやることになって、既に30代後半で。先輩がつき合ってた年配の脚本家は知ってましたけど、生田直親さんとか。ただ自分が初めてプロデュースするときは新鮮な脚本家と仕事がしたいなと思って、映画部の橋本洋二さん、ウルトラマンとかたくさんつくってる人のところに行って、新進気鋭の人はいないですかと相談したんです。そしたら“森一がいいんじゃない?”と言われました。呼び捨てにできる人は橋本さんくらいだそうですけど、市川さんと格闘して育てた人で、その紹介で会いました。『グッドバイ・ママ』をやりましたね」

竹下「(出会いは)HBC東芝日曜劇場でしたね。当時の私は三船プロダクションに所属していまして、マネージャーが市川さんはこれからいい作品をつくる人だからって営業で会うお約束をしました。市川さんは気さくで、それで抜擢してくださったんですけど。主に3人の話で、私は中国人と偽る手品師(笑)。いま思えばモモ子の原型でしたね。RKBでも1本、夢のような三人姉妹の話でした。こちらは長女で、順当な感じ。『黄金の日日』(1978)は桔梗という役とそのお母さんの二役でした。白鴎さん、川谷拓三さんとか市川さんのお好きな役者さんがたくさん出ていらして、夏目雅子さん、名取(名取裕子)さんもいらして市川さんはいつも嬉しそうでした(一同笑)。

 どうして破天荒な役を書いてくださったのか。既成のものを壊したいっていうのがおありになったのかな。出会ったときにはそういう展開が待ち受けていると思いませんでしたね(笑)」

 

 モモ子シリーズの第1作『十二年間の嘘 乳と蜜の流れる地よ』(1982)は新聞記事がヒントになった。

 

堀川「大会社の課長さんが妻を絞め殺したっていう記事が新聞に載ってて(理由は)土地がらみ。これをサスペンス枠でドラマにしたいと市川さんに言って、何度も打ち合わせしたんですが、ちっとも話がほぐれなくて。市川さんが“面白いけどドラマにならない素材ってあるんですねえ”とか言ってて、あきらめかけたときです。電車の中吊りで、トルコ嬢が月に200万も稼いでいるというのを見て、この土地をトルコ嬢が持っていたらどうだって市川さんに言ったら、たちまち物語ができました。嬉々と書いて“この台詞を景子に言わせてやるぞ!”と言ってました(一同笑)」

竹下「私でいいのって思いましたね。ここでお断りしたら、生涯トルコ嬢を演じることはないだろうと。私は28でしたから、怖いもの見たさが強かったです。放浪癖の嘘つきの役も書いてくださってたので、私の外面をはいでくれるというか。私は市川さんの仕事への意欲をそそる存在だったかもしれません(笑)。バーローとか台詞が難しくて、そういう意味ではいま見ても後悔があるんですが、最大のプレゼントでしたね。カーニバルのような。これっきりだと思ってたので、やれることはぜんぶやろうと。そしたらシリーズに(笑)」

鈴木「服もご自分で買い込んできたと」(つづく

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