私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

対談 山田太一 × 宗雪雅幸 “日本人が失ってきたもの。これから培っていくべきもの”(1992)(4)

山田 あの頃は、一生懸命働けばそろそろみんなにもマイホームが手に入るという時期になってきて、でもまだ入らない人も随分いたわけです。ですから「マイホームのために働いているんだ、文句言うな」と言えば、結構まだ通用した時代なんです。しかし、奥さんが少しその大義名分にうんざりしてきた時期でもあるわけです。でも、それは全然テレビでは反映されていなかったということもありまして、(『岸辺のアルバム』〈1977〉では)戦後の日本人が獲得したものと失ったものを大体整理して、一つの家庭の中に集約して書ける時期にあったんです。

 そうしたら多摩川の決壊で家が流されましたでしょう。一生懸命マイホームを建てようと思って建てた。建てたけど中身は建てるための努力の中で崩壊している。家族がバラバラになっちゃったりしている。その中身が壊れて、外側だけはともかく維持をして、写真を撮るときだけは家族ニコニコして、アルバムに貼るとみんなニコニコ一家団らんなんだけれども、実はバラバラで、親父はほとんど家にいない。そういうインチキがある程度行われていたわけです。インチキと言っていいかどうか分かりませんが、子供側から見ればかなりのインチキです。その入れ物が流れてしまうということは、かなり象徴的なんじゃないか…と思ったわけです。

 当時から底流では、何か災害があると、いま抱えているいろいろな問題がパッとクリアになっちゃうという気持ちがどこかにあったと思うんです。かなり豊かであることによって複雑になっている問題とか、贅沢であるための余計な不満……余計と言ってはいけませんが、そういうものがきれいさっぱりなくなってしまうという。そういった災害願望みたいなものが無意識に中年世代の、少なくとも男の底流にはあったんじゃないか。若い奴らはもしそういうことになったらへなちょこだろうけど、おれたちは強いぞみたいな者が。本当はみんなもう平安に馴れちゃって駄目でしょうけれども(笑)。

宗雪 最後のシーンで家が流れた後、むしろ逆に家族の絆みたいなものが生まれて、夫婦にも新しい出発を予言するような感じが出ていたと思うのですが。

山田 一時的な感傷でしょうけれども、でもいっそみんななくなっちゃったために、ほっとするとか、そういう気分はあったような気がします。

宗雪 確かに私も終戦のときに、まだ小学生だったんですけど、みんな焼けたり過去の秩序が崩壊しちゃったときに、ある種の何かすがすがしさみたいなものはありましたね。そういう意味では、日本は得たものと失ったものがあって…やはりかなり大きいものを失ってしまったのでしょうか。

山田 もちろん得たものも大きいですから、決して不平は言えませんけれども。

岸辺のアルバム DVD-BOX

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異質な個と一緒に生きる必要性

宗雪 山田さんは、いつも時代の本質を見つめて、いろいろなテーマで鋭い問題提起をしておられると思うんですけど、いまはどんな問題に一番興味をお持ちなんですか。

山田 いろいろなことをバラバラに考えているんですけれども…一つは七〇年代までは、特に青年は、経済的にはかなり恵まれてきて、家庭もまあまあ平穏なのに、意識の上では不幸だったという感じがするんです。それにまた不幸な人の方がもてたんですね。髪の毛をちょっと垂らして、人生に悲観している奴がもてたんです。

 ところが八〇年代ぐらいから、実は不幸なのは意識だけであって、実態は結構恵まれているんじゃないかという反動みたいなものが社会的にあって、それで今度はやたらと明るい人がもてるようになった。暗いことを言う奴は隅に追いやられるようになってきて、みんな自分の暗さを隠すようになってきたと思うんです。みんなで集まっても、なるべく明るいことを言おうとする。つらいことがあっても、なるべくそれはすぐ忘れようとする。とにかく元気になるのが一番なのであって、暗い、マイナスのことにかかずらわっているのはよくない。人間の暗さであるとか、悲しさであるとか、人と別れることの悲しみであるとか、実はきちっとそれを見つめて解決しておかなければいけないことまで全部闇に葬って、明るくしていようとしているのではないかと思うんです。

 実際いまの日本を悲観的に見れば、結構悲しい部分はたくさんあるわけです。政治的にもいろいろ大変だし、税金もちゃんと使われているんだか何だかよく分からないし、教育の平等ということが大変な圧迫になって、高校はあんなに行かなくてもいいわけだけど、平等ということの流れで新制中学の流れが高校にも入ってきて、何万人という人が途中で登校拒否してしまうとか…取り上げてみればかなり悲しいことがあるのに、みんなで明るくしている。ですから、これはもう一度バランスをとる必要があるんじゃないか。もう少し悲しがってもいいんじゃないか。そのくらいには日本も悲しいんじゃないか。各国から悪口を言われて、お金をいっぱい出して…。そういうことを一つ考えています。ドラマですから、そういうことをやってもいいんじゃないかと思っています。

 もう一つは、これは外国人労働者が入ってきたせいもあって、この頃よく言われることですが、割り合い日本に同化しておとなしい外国人と言いますか、自分の気に入ったような外国人と仲よくするのはできると思うんです。でも、その人たちの国の生活、習慣、文化、宗教をきちんと維持して、厳然たる他者として日本に住もうという人たちを、我々は変えろと言わないで、そのままの存在として認めなければならないということが、早晩来るであろう、日本文化がそれによって変質してくる、純粋性を保てなくなってもしようがない。そういう時代が来るという予感があるんです。言うことを聞いたり、帰化する人だけ入れるというのでは、とてもやっていけないという…。

 以上、「FGひろば」Vol.81より引用。(つづく

月日の残像(新潮文庫)

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