私の中の見えない炎

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大森一樹 × 品田冬樹 トークショー レポート・『ゴジラvsビオランテ』(5)

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ゴジラ自衛隊 (2)】

 ユニークなのは、ゴジラ出現に備えて防衛庁(当時)が警戒体制をを敷いているところ。

 

品田「怪獣映画の情報戦としては走りですね」

大森「第一種・第二種警戒体制は素晴らしいね。おれが考えた(一同笑)。自慢ですね。あれ、『未知との遭遇』(1977)ですよ」

品田「今日的ですね」

 

 スーパーXⅡは、ファイヤーミラーでゴジラの火炎を跳ね返す。

 

品田「スーパーXⅡのデザインは横山宏さん」

大森「それも外部?」

品田「(オリジナルは)アルファ企画の井上泰幸さんですね」

大森「友幸(田中友幸)さんが釣り鐘をイメージして、だからあんな…」

品田「新宿のステージで銀色のポリバケツが戦ってるとか、鏡餅だとか(笑)」

大森「かっこいいけどな。『ゴジラvsデストロイア』(1995)のXⅢは改めて見たら(デザインが変わっていて)ダメだった。

 人工ダイヤとかもいい加減やな。ファイヤーミラーとか。ゴジラのためにつくってんのかな」

品田「(劇中では)災害用のものだって言ってました」

大森「XⅡのミラーはゴジラのためでしょ。それ以外にどっからあんな光が来るのか(一同笑)。ああいうのは他の兵器にないよね」

品田「バルゴン(『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』〈1966〉のミラー作戦)くらいですね。怪獣が出てくると、ああいうのでしか対抗できない」 

【音楽について】

 音楽はすぎやまこういち。『ゴジラ』(1954)の主題で知られる伊福部昭は“ゴジラ・テーマ曲”としてクレジットされて、曲が流れた。

 

大森「84ゴジラ(『ゴジラ』〈1984〉)のときは、もう伊福部さんじゃないってことで(音楽は小六禮次郎氏に)。おれのときは、やはり伊福部さんで行こうと言って、友幸さんもそうかと。

 音楽は、伊福部さんがおれがするって言ってたけど、体調が思わしくないということで、結局辞退されたんですよ。そこでテーマだけ使わせていただいて、テーマありき。すぎやまさんにも途中使いますよって言ったんですよ。伊福部さんは、ご不満もあって『ゴジラvsキングギドラ』(1991)ではご自分でやりますと」

品田「伊福部さんは、バラは胞子じゃないと言ってました。最初のときは、爬虫類は鳴かないと言ったらしい」

大森「すぎやまさんはベストだったと思うけど。『vsキングギドラ』のときは、ダビングでもずっと伊福部さんがいるからやりにくかったな(笑)」

 

【その他の発言】

 中盤では超能力少女(小高恵美)とゴジラが対峙する。

 

品田関空の予定地と駿河湾で撮ってて、見事に合成されてますね」

大森「あれは撮影の最後にやってる。どうやるんかなと。関空はあのころ何もなかったな。

 東宝シンデレラゴジラに出るという(ことになっている)。小高さんのためにつくった役じゃないかな。いらないっちゃいらない。(沢口靖子さんは)撮影が1日だけ」

品田「何かの映画のロケで“あ!沢口靖子がいる”(笑)」

 

 前作ではヒロイン役だった沢口靖子は友情出演。ビオランテが最期を遂げると、沢口の顔が天に昇る。

 

大森「沢口の昇天は田中さんが入れろと(笑)」

品田「初号では光の集中線が入ってなかったですね」

大森「最初は沢口本人が上がっていくということで、いくら何でもそりゃ無理だと。田中さんは判りやすいのが好きだよね。みんな、台本にいろいろと解釈してくれて。全然考えてないですよ(笑)。

 (アニメは)編集したのを見てたら最後に突然入ってて、あれ何だいう話になって」

品田「あれは使えない!(一同笑)」

大森「川北(川北紘一)さん、CGやりたかったと思うんやけど、当時はアニメしか。

 (決戦後のシーンは)あれでも短くしましたよ。アメリカのはちゃんとしてるから、いわゆるゲテモノ映画だけどドラマとして完結しなきゃいけないというのがあったのかな。

 いま見ると高橋(高橋幸治)さんの演技もすごいよね。峰岸(峰岸徹)さんも愉しかった。途中で死んじゃうしね。外国人キャストはとりあえず日本語喋るのが大事。英語も喋れるバイリンガル

品田「世田谷のスーパーで買い物してた人も(笑)」

大森「通訳で芝居つけないといけないのは厭だから。『vsキングギドラ』の未来人は日本語喋れる人ばかり集めたね」

 

 ぎりぎりまで頑張って作業して、1989年12月に公開された。

 

大森「89年に劇場でゴジラやりますって流したら“ええー”って声上がったよ。こんなのやるのって」

品田「植物怪獣って言うと、口に呼吸器当ててるみたいなイメージ」

大森「84ゴジラで終わったと思われてて、またやるのって。ゴジラが映画として認知されてない。いまの感覚と違うねん。そんな期待もされてなかったし」

品田「同じ年の『バットマン』(1989)はまだ1作目ですね」

大森「宣伝が困っちゃって。(84ゴジラは)洋画をくっつけて“3G決戦” 。結構お荷物の企画でしたよ」

品田「ドル箱と思われてなかった」

大森「ここから1年1作が始まった」

品田「売り上げは84ゴジラの半分でしたね」

大森「零号の試写で、こんなのでいいのかな。田中さんだけですよ、素晴らしい言うて。2、3年経って認知されて、いまは評価があるけど」

品田「当時は日陰者感がありました。5〜10年経って、初めて見たゴジラですって言われました。

 『ビオランテ』はちょっとウェットですよね。戦いも粘液つけ合ったり(笑)」

 

 個人的な感傷であるが、幼いころにリアルタイムで見て、 

もう私たちの時代ではないのかもしれない。彼や、君のような…

同じことを繰り返している限り、新しい時代とは言えません

という台詞のやり取りが記憶に刻まれたものとしては、大森監督の口から「いまは新しい時代に入った」という言葉がふと漏れたのにははっとした。