私の中の見えない炎

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仲代達矢 トークショー レポート・『仲代達矢が語る日本映画黄金時代 完全版』(3)

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【新人育成について】

 1975年からは無名塾を主宰している。

 

仲代「オーディションって、素敵な役者が周りから出ればいいと思って毎年のようにやるんだけど難しくて、どう答えたらいいかな。まず能力があるか、俳優の血があるか。運とか不運もあります。経験のない人が来て、入ってきたときの五感、下手ですけど。この人がこの雰囲気で上手くなったら素敵だなと、それを見極めるのが難しい。私の間違いもあるかもしれない。謝って、辞めていただくこともあります。私どもが採っちゃった責任もあります」

 

【役どころ】

仲代「生まれたときは大声でぎゃーっと生まれたんですが、泣きもせず笑いもせずの子どもで、母は吃音じゃないかと。それほど内気で、だからそういう役は自分に合ってる役です。『大番』(1957)って映画で加東大介さんをおそるおそるなだめる役。ああいうの得意でした。何の苦労もなくできます(笑)。

 道を歩いてて面白い方が歩いてると、真似してやろう。電車でおじいさんを見ると、この人どんな人かな。

 目で芝居する、目をぎらぎらさせるなって評論家もいましたけど。なるべく目を伏せる役がほしい(一同笑)。『大日本帝国』(1980)の乃木将軍の役、そういう積極的でない役がいいです(笑)。

 石川達三さん原作の『金環蝕』(1975)では悪い政治家。政治家って本音と建て前があって、そういう役は面白かったですね。自分から遠くて。

 カメレオン役者と言われて、いろんな監督に使っていただいて、要求に応えようと一生懸命やってきました。80過ぎて、自分の好きな役だけやりたいと思っております」 

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【最近のこと】

仲代「私、腰の狭窄症で、医者に“加齢です”と。痛くなくなる方法がある、こうやって(かがんで)いれば大丈夫だと。われわれ役者は15センチ伸ばしておけ、それで侍も兵隊もできると言われる。いまだに伸ばしてますが、腰が痛いんですよね。話飛びますけど、無名塾では3年間で姿勢15センチが普通になる。そして美しい日本語、上手から下手まで普通に歩く、それで3年間はいっぱいです。あとは他の役者から盗めと。

 60年やってても舞台初日は緊張しますよ。(「肝っ玉おっ母と子供たち」は)30年前に55歳でやって、今度は85歳。初日にお客さんがどう見てくれるか、判らない。出る前の緊張たるやない。緊張をどう集中力に変えるか。70本くらい出てますけど。山田五十鈴さんは、自分の台詞を覚えてるだけでなく相手の台詞も覚えないのはプロじゃない、相手のから覚えると言っていました。あの大女優も、あした火事になって劇場焼けないかなと(笑)。

 (体調管理は)考えてませんけど、2年ほど前まではジョギングしたり。いまだに酒飲んでますし晩酌もやってます。戦争中はひどい目に遭って、気管支喘息もやって。それまでに苦労したから、神さまは20歳以後は丈夫にしてやろうと。84歳ですけど、現役でやらしてもらっております。

 この歳になると名優扱い。歳とってるでしょ、記憶力も減退して。さっきまで稽古やってて、帰ってからもやらないと。若者の10倍くらい努力しないと。周りには大丈夫とおだてられてますけど」

 

【その他の発言】

仲代「徹底的に迷いますね。迷うことと生きることは同じ感じがします。シラノ・ド・ベルジュラックはコンプレックスのかたまりで美しい役。コンプレックスや迷いのない人間は面白くないと思っています。迷いは、一種の品格ある生き方ですね。

 おれうめえだろうってやってる役者には感動しない。品格ある芸をやりたいと思っています。できているかどうか判りませんが。

 60年やって、不安だらけですからね。迷うのがんばろうと思います。生まれて、生きて最期を遂げるわけですから、こうやって生きたいという方向に突き進むのがいい。迷いやコンプレックスもそれにつながっていきますね。

 絶対平和であってほしい。結局戦争になると、庶民に迷惑がかかる。国際的にみんなやってるから日本もしようというのはね。対話と圧力って、どっちが先だ? みなさん、だまされないでほしい。70年間平和で、外国に行くと尊敬してくれますね。どういうこと?って訊かれますけど、私判りません。みなさん、平和を生きてください(拍手)」