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常盤貴子 × 大林宣彦 トークショー レポート・『野のなななのか』『花筐』(2)

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 『野のなななのか』(2014)でのロケ地の人びとと力を合わせて制作するスタイルも、常盤貴子氏には新鮮だったという。

 

常盤「考え方が好きだったと思うんですね。地元の人と密接になって、わいわいやっていく。見に来てくださる方も大事にして。監督がロビーに出て、お客さまに握手するとか。私がいままで生きてきた中では、気づかなかったことです。私はテレビやスクリーンの向こうにいて、お客さまと触れ合う機会がなかった。あたたかさを感じられずに生きてきて、こんなにいいものなんだって思いましたね。見に来てくれた方の熱量が力に変わるってやっと気づいたんです。同じ人がまた来てくれたのにも喜びを感じました」

 

 大林宣彦監督が客席から発言。

 

大林「マイク四角だね。どうもありがとうございます。私も今回は観客席で見せていただいて、ああ昔からぶれないで同じことやってきたなと安心しました。

 貴子ちゃん、ありがとう。きょう見ていて、こんなにいい映画だったかと、自分でも感動して。

 記憶をたどると(『野のなななのか』の)現場でシナリオができてなくて、貴子ちゃんと安達祐実ちゃんが並ぶカットは全く予定になかったんですよ。うちの現場で、貴子ちゃんが祐実ちゃんと同じ仕草をしてて、あれこのふたりいっしょの出番ないな、撮ろうって急遽いっしょのシーンを撮影しました。あっそうか、貴子ちゃんは祐実ちゃんの生まれ変わりだって気づいて、シナリオ書き直して撮って。編集してる間も台詞書いてましたよ。仕上がる最後まで、シナリオができてなかった。こういう(未完成の)シナリオもらって、よく演技できるなと感動しました(笑)。シナリオできてなくて、筋が通った演技ができる」

常盤「それ、キーじゃないですか。決まってなかった(笑)。あの仕草をやるって決まっていて、研究したくて現場にいました。

 (共演シーンは)2人で自然にやってって、難しい注文。何となく呼吸を合わせて、スッと手が出て、コーヒーカップの持ち方も…。ちょっと怖かったシーンです」

大林「テストはなし。人生にはテストがないのに、何で映画にはテストがあるのか。

 安達祐実ちゃん(の役)は16から18で、ぼくの中では祐実ちゃんは18から変わってない。アメリカのUCLAで向こうのプロを集めてオーディションをやると、年齢は12歳から80歳だと自分が演じられる年齢を言う。日本では、お母さん役をやったら娘役ができないとか言うけど。100歳になっても8歳の役やってください。

 正しく言うと(常盤氏と)会った最初の言葉が“私、大林映画に出るためにずっとひとりで来るようにしてました”と。マネージャーと来ると便利だけど、商品になってしまう。ぼくは3回声かけたけど、現場にひとりで来られますかって言ったら、3人くらいで来ますと言われて、それでご縁がなくて。そのときにプロデューサーの恭子さん(大林恭子夫人)が、まあかわいい、じゃ次ので主演をって。実はどんな女優さんか知らなくて」

 

 『野のなななのか』は芦別市の職員だった鈴木評司氏が大林映画のファンで、大林監督と交流を持ったことが企画の発端であったという。

 

大林「北海道の芦別で20年以上映画学校をやってまして、亡くなった鈴木くんの遺志を継いで映画つくりたいと思っていたけど、広すぎてなかなか難しかった。芦別は女優さんを迎えるんじゃなくて、嫁入りした人を迎えるみたいにしてくれる。大女優に“このタクアンおいしいよ”って。貴子ちゃんも素直に乗ってくれて」

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 この後で新作『花筐』(2017)の長塚圭史満島真之介、矢作穂香の各氏、『野のなななのか』の芦別市の関係者も登壇。常盤氏の旦那さんである長塚氏は四十路にして高校生役を演じる。

 

長塚「ぼくも(『野のなななのか』を)見るの4回目なんですけど、見る度に印象が違う。跳躍している。貴子の言うように、記憶を刺激されます」

矢作「貴子さんが出ると思って、朝整理券配ってるってネットに書いてあって、でも行くだけ行ってみようと。貴子さんにLINEしてみたら、みんないるよって。見るの2回目ですけど、DVDで見てるのと印象が違くて。吸い込まれるようで、予想していないところで涙が出て。きょうは登壇すると思いませんでした」

満島「きょうは登壇すると思って来ました(一同笑)。見るの2回目ですけど、自分の人生の時間が経ったって判る。同じ映画を見てふと判ってくることもある。NHK満州のドラマに出たんですが、だから今回見直して、ソ連の部分が判ってきたんです」

 

 芦別の方々は今回のために上京してこられたそうで、映画が始まる前にロビーで偶然筆者の隣りにいらした(お話を盗み聞きしてしまった…)。

 

大林「(芦別から来た)真ん中の方はマーシャル諸島の大統領と肩抱き合った仲で、映画がつなげました。

 きょうもマネージャーがいたら、ふたり(満島・矢作両氏)に行っちゃいけませんと止める。それができるのは、個人がここにいるということで、そういう個人と映画を撮りたいんです。

 芦別で上映するとき木枯らしが吹いてたけど、達成感があって。次世代の人に映画が手紙になるなって。貴子さんは薄着だったけど、がたがたふるえながらみんなとの写真やサインに応えて。私は常盤貴子というひとりの人間としてここにいると、喜んでくれた。人間を、演技というより、そこで呼吸して表現してくれた。

 貴子ちゃん、演出家の女房になったのもよかったね。舞台の人は素材になるけど、映画の人は私よ私よってなっちゃって。それではトランプさん、安倍さんと変わらない。映画を愛する人、世界の少人数の人とつながることができると信じています」

常盤「大林映画が好きであこがれていて、鈴木さんが私を『野ののなななのか』に呼んでくれた気がして。撮影中も見てくれている気がして、会ったことはないですけど。尾道や長岡の方が芦別に助けに来てくれて、『花筐』でも芦別から来てくださって。ほんとに不思議な感じです。みなさんといっしょにこのバトンを次に渡して行けたらと思います(拍手)」

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