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山田太一 インタビュー“よき相互依存っていうのかな。人間、一人じゃなんにもできないんですよ”(1985)(1)

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 共立女子短期大学の国語専攻の方々が発行した機関誌「あかね」第31号(1986年4月発行)を、最近入手することができた。

 脚本家の山田太一先生のインタビューが載っており、目に触れる機会があまりないように思うので、以下に引用したい。インタビューが行われたのは1985年8月1日。2か月前に放送を終えたばかりの『ふぞろいの林檎たちⅡ』(1985)や執筆中だった『シャツの店』(1986)などが言及されている。申しわけないが、字数の関係で割愛している部分もある。用字・用語は可能な範囲で統一した。

 

山田基本的にはみんないいものを作ろうと思っているわけですよ。プロデューサーだってディレクターだって。ですから、話してていいアイディアがでてくればそれが誰であろうと構わないわけですよ。唯、専門分野はありますよ。ですから、僕が現場へ行ってね、この首飾りは気に入らないから別のにしようとか言うことは、余程のことがなきゃ言わないわけですよ。それは、そういう分野の人がいるわけですから。

(中略)

 小説を書く人であるとか、絵を描く人であるとか、彫刻の人なんかもそうだろうけど、そういう人っていうのは割合個人芸でしょう。個人で仕事をする。しかし、テレビドラマであるとか映画であるとか演劇であるとかっていうのは、個人で何かをするってことは不可能なわけですね。完成品を作るということは。で、それは人生というかな、ちょっと突然人生なんて大袈裟かもわかりませんけど、人間のあり方としては、むしろそちらの方が自然だと思うのね。人間が生きてるときにね、完全に一人で何かを成し得ないですよ。みんなどこかに依存したり、友達に依存したり、こういうもの(「あかね」誌)を作るんだって一人じゃ作りませんでしょう? 要するに、生きてるってことは、どっかで依存しあっているようなところがあるんだな、相互に。それが、十九世紀から二十世紀にかけて非常に“個”っていうものが意識されだしてね、個というものが冒されずに何かをすることが重大だという思想が広がって、その為に、芸術家なんかも一人で何かをするってことが、なんかこう、純粋を保持する一つのあり方であるように思われてきたわけだけど、それは、歴史的には、そんなに長い時間じゃないと思うのね。もっと昔になると作家なんておそらくいなかったというか、いてもその名前を作品にかぶせるなんてことはなかったような時代がありましたでしょう。絵でも何かでも。例えばミケランジェロとか、そういう人たちだって、ずいぶんお弟子さんを使って絵を描いているわけですよね。それが、だんだんだんだん“個”っていうものが意識されるようになって、それは産業の発達とか政治思想とか、いろんなものに支えられて、ですが、個というものが注目されだしたわけですね。それで、その中にうまれたものの中に小説とかね、そういうものがあると思うんだな。だから小説ってのは非常に、個人の気持ちとか心理、そういうものを重視するでしょう。それは何故かっていうと、個人がどういう気持ちを持っている人であるかっていうことで、生きていくことが左右されることが多くなってきたからですよ。もっと昔だったらね、役職であるとか階級であるとか、そういうことでもう厳然と分けられていて、あんまり“個”っていうものの才能なんてものは重要じゃなくて、例えば門番のところに生れたのは、ずっと門番やってなくちゃならない。そこで、ものすごく才能があったところで、たまたま門番の才能が少し素敵だという程度の認められ方しかしない。そこへ、親なんかどうであろうとその人間がのばせるものがあれば大事にのばすべきだという思想が入ってくると、門番であろうと大臣になることもできるってことになると“個”っていうものに対して、非常に関心が高くなりましてね。しかし、一人一人の人間っていうものは、誰の世話にもならないで一人で生きていくっていうことは——生きていくと思っていることはね、事実に反するわけよね、実際には。だってそうでしょう、着るものにしたって、何にしたって、誰かが作っているから着ているわけで。つまり人間っていうのは、どうしたって相互依存から抜けられないって気がするんだな。それはリアルなことであって、別に不名誉だなんてことは、ないわけですよ。

(中略)

 テレビドラマなんか作っているとね、まさしく相互依存なんだな。俳優さんの交渉がすごくうまい人がいたりね、絵を描くのがものすごくうまい人がいるとか。服装のセンスがすごくいい人がいるとか、俳優さんで、セリフを言うことがすごくうまいって人がいるわけですね。そういういろんな人がいることによってドラマができていく楽しさですよね。例えばピカソの絵をね、マティスが手伝ってあげた、なんて言ったらスキャンダルになりますでしょう? だけど僕は、手伝ってもらって何が悪いんだろうって思うわけね。面白いんじゃないかって。

(中略)

 僕はテレビドラマの脚本なんか書いてて、非常に面白いなって思うのは、やっぱりいろんな人とやることですよ。『ふぞろい』のときのサザンサザンオールスターズの挿入歌)はね、ある作曲家のレコード全部の使用権をとっちゃって、その人のレコードはどう使ってもいいってカタチでやってみようよっていう話が出てきたんですよ」(つづく

 

以上、「あかね」第31号(共立女子短期大学国文研究室)より引用。 

 

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