私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

山田太一 インタビュー“よき相互依存っていうのかな。人間、一人じゃなんにもできないんですよ”(1985)(5)

山田そのうち、映画もだんだん厳しくなってきて色々なことがあって。なんか脚本家になったほうが自分を自由に表現できるんじゃないかって思い始めたのね。もちろん外的事情もいろいろあって、それで七年間いて辞めちゃったんです。辞めてからはもうずっと、辞める前から脚本書いてたからね。実に自然な感じでね。悲壮な感じで辞めたりしたわけでもなんでもないしね。なんかぼこっと辞めてぼこっと翌日から脚本家だったって感じでしたね。

 僕の先生っていうのかな、僕が助監督としてついていた先生、木下惠介さんがテレビドラマの世界で少し仕事をなさるようになってきて、脚本が足りなかったわけですね。それで君書けって言われましたね。僕は助監督としてロケーションについて行ってね。大変なローケションには一緒に行くわけですね。あとは旅館にいるのね。それで脚本書いてました。だから、みんな朝出かけて行くでしょう。そのとき僕は玄関で浴衣を着たまんま「いってらっしゃい」ってね(笑)。それで部屋でずっと脚本書いてて、夜になるとみんな汗だくで帰ってきたりするわけね。そういうふうにして、まぁある意味ではありがたいっていうかな、いろんな人に恵まれましたね、回りの人にね。そういうことだって許してくれるっていうのは大変なことですからね。で、脚本書いちゃあ近所の郵便局へ書類速達を出しに行くわけです。テレビ局へ。そうすると郵便局の人も顔見知りになっちゃったりしてね。そうやって助監督やりながら半分脚本家だったから、それで月給よりもそっちの方が高くなってきちゃったから、辞めたら困るってこともなかったし。ですから僕は仕事を探してっていうかな、脚本の仕事でどこかへ持ち込んだりね、仕事下さいって言ったりした覚えがないんですよ。ずっと仕事は続いてたんでね。その辺はものすごく恵まれてると思うな。

(中略)

 (『ふぞろいの林檎たち』のタイトルは)つまり、つぶぞろいの反対よね。林檎っていうのは今選別されて、つぶぞろいになってきちっと箱に詰めて売られるっていうケースが多いし、ふぞろいの林檎はザルで一山いくらで売られちゃうってことがありますでしょ。まあ要するに今の偏差値のね、選別されちゃうっていう世界を表現するのに、「学歴とは何だ」なんてそういうふうな題ははずかしくてつけられないでしょう(笑)。それがまぁ僕の作品のタイトルのつけ方の姿勢でもあるんだけど、そういうカタチでつけたんですよ。でもね、そんなに深い意味を感じてくれなくてもいいのね。

(中略)

 題名だけ出てくると、なんじゃこりゃって言う人も一杯いるんですよね。僕はしょっちゅうそういう目に遭ってますよ。『想い出づくり。』っていうのがあったけど、あれだって最初僕が『想い出づくり。』ってタイトルつけて会社に渡したら演歌のタイトルみたいだって言われたんですよ(一同笑)。でもドラマがセットされて、ドラマ見てから題名を見るとどこが演歌なんだっていうふうになるでしょ。 

想い出づくり (山田太一セレクション)

想い出づくり (山田太一セレクション)

 

(中略)

 そういうふうに最初はね、みんな題名っていう異和感があるのね。異和感なしにいい題名ですねなんて言われたこと僕はないと思うな。いつも何か揉めます。揉めるってことはなくても馴染みにくいわけね。最初はね。でも少し話が進行していくとあぁなるほど良い題名じゃないですか、みたいになってくるんだけどね。題名だけ独立してあるものじゃないんだね。こういうドラマの題っていうのは。題名がいいっていうのは、やっぱりドラマがある程度成功したときは題名もよく見えるんですよ。それがもしドラマが非常につまらないとね、なんじゃこりゃっていうふうになっちゃうんですよね。そういう意味では、そうですね本当にいつも何か言われてるなあ。今、書いている仕事で来年放送になるものですけどね、『シャツの店』っていうタイトルなんですよ。NHKでやるんですけど、なんじゃこりゃって反応ですよ。だけれどもやってみれば、そんなことはないんで。よく外国の短編なんかの洒落たのれね、こう小さく「Shirts-Shop」っていうのだったら洒落てるでしょ。そういうふうな味を狙ってるのね。ドレスシャツというのかな男物のワイシャツですよね。そのオーダーを作ってる小さな隅田川沿いの店ね。京塚京塚昌子さんが出てきたりするような、ああいう八時台のドラマではないんですよ。そういうんでも「えっなんですかこれ」っていう人多いよね。でも少したってドラマも出てくると僕はきっといい題名だって言われると思うんだけどね。

(中略)

 シナリオだってそうですよ。シナリオだけ読むとね、なんだかよくわからないけど、俳優さんはこの人だと思って書いてるんだってことがわかると「あぁそうか」っていうのがあるでしょ。

(中略)

 自分の時間ていうのももちろん大切ですよね。一人でいる孤独っていうのはやっぱりすごくいろんなことを人間に気付かせてくれるという気がするんだけど、お金を稼ぐ時間は、じゃ全部他人の時間かっていうと僕はそんなことないと思うんだ。お金を稼ぐってことで我慢しなければならないでしょ。お金を稼ぐっていうのは、どうしたってそりゃあ自分の好き勝手にやってお金くれないですよね、なかなか。だから嫌な人ともうまくやってこうと努めなければならないし、自分は叫び出したいけど我慢しなければならないときだってあると思うんだよね。そういうことで人間て成長していくと思うんだな」(つづく

 

以上、「あかね」第31号(共立女子短期大学国文研究室)より引用。 

月日の残像(新潮文庫)

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