私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

中島ゆたか トークショー レポート・『日本暴力列島 京阪神殺しの軍団』(2)

f:id:namerukarada:20170422213109p:plain

【『日本暴力列島 京阪神殺しの軍団』】

 この日上映された『日本暴力列島 京阪神殺しの軍団』(1974)では、梅宮辰夫の愛人役。

 

中島「1975年で、『トラック野郎・御意見無用』(1975)と同じ年ですね。やくざ映画って出たことなかったんですよ。京都で撮りまして、ほとんど覚えてなくて。きょう見直して、とても俳優さんとは思えない。失礼かと思いますが、いまのテレビや映画は物足りない。この映画の人は、ほんとに俳優さんなのかしらって。小林旭さん、梅宮さんも若いし、内心びっくりして見てました。私なんかどうってことないですが、みなさんすごい。

 山下(山下耕作)監督は穏やかな方で。山下さんには言われなさすぎて、いいのか悪いのかどっちなのって」

日本暴力列島 京阪神殺しの軍団 [DVD]

日本暴力列島 京阪神殺しの軍団 [DVD]

 

【俳優について】

中島「松方(松方弘樹)さんは、お芝居もお若いころから上手じゃないですか。小学校3年生のときに(東映動画のアニメ映画の)『安寿と厨子王丸』(1961)を見て、安寿が佐久間良子さん、厨子王丸が北大路欣也さん、八汐が山田五十鈴さん。私、映画好きだったから、うわすごいなって思ったり。いっしょにやってたのが『水戸黄門』で、助さんが松方さん。18、9歳だったと思いますけど、いままでは萬屋錦之介さんとかだったのが若い人で、あ、若い人もいいなって(笑)。そのころからお上手でしたね。人間的にもいい方で、スタッフが慕ってました。スタッフを大事にする方でしたね。

 『広島仁義 人質奪回作戦』(1976)のとき、食事なしでいきなり飲む芝居で、つれていかれて水割りつくれって。でも(つくり方が)判らなくて、ホステスさんに訊くのもはずかしくてボーッとしてたら、気が利かないと思われたみたいで(笑)。

 東映の合同の映画館主の方の感謝祭、北海道から九州までいろんな温泉地で、あのころは岡田会長、高岩淡さん、男優さん、女優さんも呼ばれて。乾杯して、ここの成績どうだったとか。渡瀬さん、千葉さんとも行きましたし、1年に1〜2回はありました。いまそんなことしたら「厭よ!」って人も多いでしょうけど、当時は有無を言わせなかったですね」

広島仁義 人質奪回作戦 [DVD]

広島仁義 人質奪回作戦 [DVD]

 

 『京阪神殺しの軍団』など梅宮辰夫とも数度共演。

 

中島「うちの者が心配してましたね。うちはうるさかったので(笑)。

 組合がうるさくて、夜12時過ぎると帰りはタクシー。それでたまたま梅宮さんが送ってくれたことがあって、何喋ったほうがいいかと思っていたら、向こうも気詰まりだったみたいで、梅宮さんのお父さんがお医者さまで、水戸に…ときどき思い出すように話してくれて、すごくいい方だと思って。『京阪神』でご一緒して、その後でお会いしたときも紳士でしたね。いろんな話も聞きましたけど、私に関しては全くなかった。自慢していいかは判りませんけど(一同笑)。

 松方さんが亡くなられたとき、梅宮さんがインタビューされる場面見ましたけど、あんないい方いないですね。真情あふれるというか、聞いてて私まで涙出てきましたよ」

 

【テレビ作品について】 

中島「『Gメン75』(1975〜1980)は「石狩挽歌」とかに出て、吉田義夫さんが私のおじいさん役。小舟に乗って、印象深いです。鷹森(鷹森立一)さんとヨーロッパやパリに行ったりして、でも民族問題でテレビで放映できなかったんですね。鷹森さんと佐藤純彌さんが印象深いです。

 『探偵物語』(1979)では、私は村川透さんが監督のときで、優作さんとはその前に『大都会PARTⅡ』(1977)と『殺人遊戯』(1978)でご一緒して。とっても仕事熱心な方で、お酒飲むのが大好き。お酒の席でも仕事の話しかしなかったですね。優しい方でした。若いときに亡くなって、完全燃焼だったかな。『殺人遊戯』では佐藤蛾次郎さんのお店がスタッフや俳優さんの溜まり場で、何回も行きましたね。村川監督もたまに(笑)。

 村川さんの実家はすごいおうちで、舞台挨拶を山形でやって、そのまま黒澤満さんたちとお宅へ行って、大歓迎されて泊まれって言われて。とても愉しかったですね。奥さまもいい方で」

探偵物語 Blu‐ray BOX(初回生産限定) [Blu-ray]

探偵物語 Blu‐ray BOX(初回生産限定) [Blu-ray]

 

中島「『編笠十兵衛』(1974)は高橋(高橋英樹)さん主演で、忠臣蔵外伝みたいな話。成田三樹夫さんが吉良に雇われていて。私は赤穂側の密偵みたいな役で、とらわれの身になったり。

 成田さんは無駄口は叩かないですけど、優しい方で。京都で半年やってて、ホテルを紹介してくださって。帰る時間は別で見かけたことはないですけど。

 私、歌を出して『ラブラブショー』に出て、布施明さんが「シクラメンのかほり」を出したばかりで。私大きかったから、スリッパ履いてって言われて。足元は映されませんでした(笑)。私の応援団を成田さんにお願いしたら快く出てくださって。成田さん、佐藤允さん、『直撃!地獄拳』の郷鍈治さん(一同笑)。絶対出てくれなさそうな方が出てくれて。

 成田さんとはその後仕事でご一緒する機会はあまりなかったんですけど、金子信雄さんのマネージャーさんが成田さんと親しくて、そのままいっしょにお酒飲みに行ったりもしました。成田さんは早くに亡くなりましたね」

 

 地方から来られたというファンの方もいて、場内には熱気につつまれていた。