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中島ゆたか トークショー レポート・『日本暴力列島 京阪神殺しの軍団』(1)

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 1970年代に映画『直撃!地獄拳』(1974)や『トラック野郎・御意見無用』(1975)、テレビ『Gメン.75』(1975〜1980)などさまざな作品に登場し怜悧な魅力をふりまいた中島ゆたか。筆者はリアルタイムの世代ではないが、映画『殺人遊戯』(1978)や『蘇える金狼』(1979)の印象が強い。

 4月、渋谷にて映画『日本暴力列島 京阪神殺しの軍団』(1975)のリバイバル上映と中島ゆたか氏のトークが行われた。批評家の樋口尚文氏が聞き手を務める(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。

 樋口氏によると、中島氏の出番の多い『広島仁義 人質奪回作戦』(1976)は文芸坐でフィルムが燃えてしまったのだという。

 

【出演映画について】

中島「(デビュー作『夜の歌謡シリーズ 女のみち』〈1973〉)さっきも渋谷歩いてたら変わったなって。1973年ですけど、忘れないですね、雨の中で。あのころは台本の内容が判ってなくて、言われるままにやってて。いわゆる美人局で、根本的に判ってなかったです。台詞だけ覚えて、スタッフの名前覚えて。技師さんだけでなくて、助手の方も。撮影も照明も1〜5人くらい、助監督もセカンドサードもちゃんと覚えて。でも基本的に内容が判らないでやったのははずかしいですね。参考試写で森進一さんの『港町ブルース』(1969)を見せられて、野川由美子さんはもともと好きで、なんてうまいんだろうと。面白かったです。歌謡シリーズって添え物のようになってましたけど、どちらが主ってないと思うんですね。それは人の感じ方次第。 

 『夜の歌謡シリーズ なみだ恋』(1973)は私にとって2本目の映画ですし、芝居はしょうがない、綺麗に撮るしかないとおっしゃってましたね。花畑の中で撮ったり、そういうシーンが多かった。幸せだったと思います。谷隼人さんもかっこよかったです。もう結婚してしまいましたけどね(一同笑)。

 小沢茂弘さんの『激突!殺人拳』(1974)では1か月東映京都にいまして、冬の寒い中、極真会の道場に通って。当時はホカロンなんてないですから、素足で寒くて。小沢さん厳しい方で、毎日怒られまして。私は素人みたいなもので。小沢さんはターゲット絞るからって、スタッフがなぐさめてくれました。口がすごいんです。こてんぱん。まあしょうがないですね。(演技を見返して)あれだけ言われてこれか(笑)。

 私、ブルース・リーは見てなくて、全然知らなかったです。千葉さんの「アチョー」にはびっくりしました。衝撃なんてもんじゃない。後でブルース・リーを見て、ああこれか」

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中島「(『広島仁義 人質奪回作戦』は)1年後に撮ったんです。1976年の12月に1か月くらい。牧口監督はおとなしい方で、演技指導とかなさらない。松方さんと幼なじみ(という設定)で、昔話する場面があって、家でお酒飲んで食事しながら。すごく緊張しましたね。美容師さんの役で、お料理つくったりするときエプロンをする。背中から撮るシーンでの蝶々結びを一生懸命練習しました。いまでも後ろから結ぶの、すごく得意です(笑)。

 (ラストは)撮影所の中でも賛否両論あったみたいですね。私はとてもよかったと思ってます」

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中島「(『トラック野郎』)トラックもいまは珍しくないけど、あのころは初めて見てびっくりしました。立派なドライブインが東映の撮影所にできてて、とても愉しい映画でした。

 このときは助監督の澤井(澤井信一郎)さんが厳しくて。澤井さんの予告編も独特」 

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 中島氏が主演した伝説的な映画『従軍慰安婦』(1974)は、プリントが現存しないという。

 

中島「『従軍慰安婦』は、いっしょにやる予定の映画が衣装合わせまでしたのに企画がつぶれて。そのせいで一番館でなくて、浅草東映でやったのかな。あのころはいまみたいな綺麗な映画館はなくて、ねずちゃんもいましたけど、見に行きましたよ。賛否はあるだろうけど、映画としては好きです。

 スタッフの方たちも一生懸命で、カメラは飯村雅彦さん。監督は、最初は原作の石井輝男さんが撮るってことでしたけど、途中で鷹森(鷹森立一)さんに代わったんですよ。

 緑魔子さんも素晴らしかったですよ。もともと特別な方って雰囲気でしたけど。

 運動会のシーンも爆撃されるのも(ロケ地は)御殿場。毎日通ってました。撮影所に朝3時に行ってメイクして、5時までに出ないと間に合わない。帰ってきたらどろんこ。だからその後、何が来ても驚かなかったですね。弾着とかもね」(つづく