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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

山田太一 トークショー レポート・『阿賀に生きる』(2)

山田太一 映画 舞台

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 ドキュメンタリーでもフィクションでも深く立ち入ってつくると、1回見ただけでは判らない。作者の思いのほうが多様で、佐藤(佐藤真)さん生きていれば、もっと深いことがひとつひとつのショットに込められてて。聞いたふうなことは言わないほうがいい(笑)。

 普通のドキュメンタリーでは撮れないものをお撮りになったとは思います。ただ(ドキュメンタリーにも)避けようがなく、フィクションが入り込む。撮る人間の世界観、人生観、政治観、それらを抜きに撮れないでしょう。心静かにして、自分を抑えて、人を見つめていればその人が姿を現すというものではない。フィクションという装置があるから、一般性を持つ。ただ撮ってて何かが開けるっていう、そういうのもあるでしょうけど、それは商売にならない。平田オリザさんは(『日常と不在を見つめて ドキュメンタリー映画作家・佐藤真の哲学』〈里山社〉の中で)退屈で意味が判らない日常を切り取って芝居にするという試みを語っていらっしゃる。それは面白いと思うけど、平田さんが書いた台詞を毎日舞台で言ってるわけでしょう。それで何なんだ。佐藤さんが狙ったものと、どこが似てるんだろう。平田さんについての知識がないから、失礼なことかも判らないけど。リアルを狙ってるって言っても、平田さんが書いたものでしょう。それを役者が言って、佐藤さんが狙ったものとは大分違うと思うけど。それを見てお客さんが面白いかな。理屈としては判るけど、お客さんに見せてそれが何だろうと。

日常と不在を見つめて ドキュメンタリー映画作家 佐藤真の哲学

日常と不在を見つめて ドキュメンタリー映画作家 佐藤真の哲学

 

 退屈を狙ったもの、予想外の台詞、つながらないような台詞、そういうことを狙った芝居もありますよね。『ゴドーを待ちながら』(1952)は、ゴドーを待ってて待ってて来ないわけじゃないですか。象徴性を帯びて、私たちの人生なのか…。あれなんか何度も見たけど、面白いか?  インテリっぽくていいのかな(一同笑)。不条理劇になっちゃうと、たどれない。フィクションに投げかけられるって大事ですよ。そうしないとルーティンワークになっちゃう。でも一種の教養主義みたいになって、お前らバカってなっちゃうのは好きじゃない。

ゴドーを待ちながら (白水Uブックス)

ゴドーを待ちながら (白水Uブックス)

 

 このごろ喋ってると時間を忘れて、みんなざわざわして、とっくに時間が来てる。ぼけてるなとつつしんでるんですけど。

 

 あした死んでもいいって老人の言葉、ああいうのはいい(笑)。自分がもうそういう境遇にいるからかも判らないけど。あした殺すって言われると厭だけど、あした死ぬのが避けられないと判ったら、じたばたしたり叫んだりはいまの歳だとない。ぼく自身は、言われたらお坊さんみたいではいられないかもしれないけど。

 ああいう人が生きてる底には、あきらめがある。水俣ですごく悪い状態ではないけど、奥さまは動きにくい。それで歳とってくると、あきらめて、戦うのも面倒くさい。ぼく、それに共感したな。

 人生はいつか終わる。でもいつ終わるか判らないからみんな大変。いつ終わるか判ってたら怖いのかな。

 新潟水俣病でなくても、声を上げていいときに声を上げない人もいる。そういう人を称揚する気はないけど、貶めたりもしない。もういいよって言ってる。他の歓びがある人もいるだろうし。お上と闘ってスローガン掲げてっていうのはもういいと。正義だから貫こうっていうのも大変な人生だけど、いいよもうっていうのもある。人の状態の中であり得ると思うのね。最近短い小説、普通の人が書いた物を読んで、おばあさんが若いとき、道路を隔てた向こうの家にお嫁にいく。子どもが巣立って、実家は道の向こうにあるので、おばあさんは毎日来ちゃう。実家も迷惑で。おばあさんは「これで終わりじゃ岩になっちゃう」と言って亡くなる。そういう人生も、ある年代の人にとっては遠くない。

 ドキュメンタリーが正義を標榜したら、賛同してない人は人格的に落ちる気がする。でも人生ってそんなに簡単じゃなくて、すごくいろんな人がいる。

 佐藤さんがおっしゃってることだけど、物語をつくってそれに沿う部分だけ撮ると、NHKの紀行番組はほんとに綺麗に上がって素敵だけど、収まらない部分はある。いろんなのがあっていい、これだけだと言うのも子どもじみてて。だけど、ある年代になったら、広がった視野みたいなのもほしいと思いますですね。

 政治運動としてのドキュメンタリーはそれで機能してるわけだし、病気の激しい人を撮ってこんなに苦労してるというのも政治運動。ほんとの人間の実体はどうだというのは、腕力はないかもしれない。日本だって独裁が進んでヒトラーみたいなやつが出てきて、政治的に反対しなければいけないというときは、言わないといけない。

 ドキュメンタリーとフィクションとで、セクションを切ってしまうのもある時期のつくり方で、いまはあの手この手を使って…。感動させなくてもいいけど、どういう役割を担って生まれたかですね。

 

 (自身のシナリオ作品が復刊予定で)シナリオだけで自立してるか不安ですけど、読めると言ってくれる方もいらっしゃいますので、反対するのも遠慮が過ぎるかなと…。

阿賀に生きる [DVD]

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