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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

妄想族日誌(2016年4月)

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不良も優等生も先生も 恋に落ちれば同じよね」(宇多田ヒカル「Kiss & Cry」)

 

 4月某日

 ハードディスクにたまった映画を見る。先月、卒業シーズンなので、NHKのBSでは『卒業』(1967)が放送され、久々に見返す。アメリカでは夏が卒業の季節で、当然描かれるのは夏の情景(この時期に見ていると違和感ばりばり)。

 『卒業』は能天気な恋愛物というレッテルが貼られていて、結婚式で花嫁をかっさらうクライマックスに憧れるとかあれは痛快だとか言われている。だがこの作品は、空虚な思いを抱える主人公(ダスティン・ホフマン)が中年女性にはまったりしているうちに狂気をはらんでいく過程を描いている。ラストでは脱走してバスに乗った主人公と花嫁が乗客に汚いものでも見るかのような視線を向けられる(乗客たちは一様に無言で振り向いていて、見ていてちょっと笑ってしまう)。主人公の顔は真顔になっていく。こんなヘヴィな作品について、何故にハッピーな青春ドラマというイメージが流布したのか実に不思議。

卒業 [Blu-ray]

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 つづいて見た『おとうと』(2010)は、芸術院会員の山田洋次監督が真面目な姉(吉永小百合)とトラブルメーカーの弟(笑福亭鶴瓶)を扱ったホームドラマ。不評のようなのだが、思ったよりは愉しめる(死期の迫った鶴瓶の力演にも感嘆)。

 幸田文原作 × 市川崑監督の『おとうと』(1960)をもとにしたということだけれども、借りているのは基本設定とわずかな台詞だけ。以前の山田作品にも似たパターンがあり、『虹をつかむ男 南国奮斗篇』(1998)では室生犀星あにいもうと』(新潮文庫)の設定や台詞が引用されていた。

 『おとうと』についての批評は描かれる人間像が古いというものが多いが、『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』(1973)の時点で、『青春の蹉跌』(1974)の時期にこんな古めかしい若い人像を描いてんのかと思わせられる(筆者は70年代には生まれていないので、見たのは後年)。山田洋次作品の人物設定が古いのはいまに始まった話ではない。余談だけれども、近年に至って『男はつらいよ』シリーズの人気が再燃し、一方で70年代らしい漂泊者たちのドラマ『青春の蹉跌』も伝説的に語り継がれている。四十年一日のような人情劇も、さすらいの青春像も、結局どちらも等価であるということか。

 

 4月某日

 特撮ドラマの出演者やスタッフが集結するイベントに行って、その帰りに小雨が降る中で古本屋に寄る。面白そうな店構えでありながら、本の顔ぶれは割りと平凡な面々だった。日本語が堪能な中国人に教えてもらった『イニシエーション・ラブ』(文春文庫)を108円で買って一気読み。舞台が1987年なのは、細かい風俗を描き込むために著者が熟知する時代を選んだと言うことだろうか。面白い、しっかしリア充だな。

イニシエーション・ラブ (文春文庫)
 

 

 4月某日

 最近、松本清張原作の2時間ドラマが目立つ気がする(いえ、もともと膨大な量が映像化されてきたのだし、いつもこんなペースだったか)。新作は『地方紙を買う女』(2016)、『黒の樹海』(2016)、『一年半待て』(2016)といった何度となく映像化された顔ぶれで、出来はどれもいまひとつだった。

 既にネットなどで指摘されているのでいまさらだが、『地方紙』は舞台が昭和時代だから成立した展開であり、情報があふれた現代では事件捜査の進展を知るためにわざわざ地方紙を購読するという設定に無理がある。筆者が初めて見た清張の映像化はNHKの『ゼロの焦点』(1994)だったかと思うのだけれども、舞台を1950年代から90年代に変更しておりなんとなくミスマッチ感があった。20年以上前の時点で既に違和感のあった清張作品だが、2010年代に至って設定にかなりの不都合が生じるようになってしまった。

 話は変わるが清張短篇の魅力というと、長篇に引き延ばせそうなアイディアを短篇に惜しげなく投入してしまう点も挙げられるだろう。『一年半待て』もスローテンポで描けば2時間にできそうな気もしたが、事件部分よりもヒロインと元夫の関係を膨らませていた(このあたりは脚色のジェームス三木の個性が出ている)。こう来たかと感心しつつも、もうちょっと事件を追求してほしかった憾みが残る。

張込み―傑作短編集(五)―

張込み―傑作短編集(五)―

 

 

 4月某日

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 7月公開の映画『シン・ゴジラ』(2016)の予告編が解禁され、YouTubeで見る。ゴジラが暴れた後の街並みは震災後を思わせる瓦礫になっていて、第1作『ゴジラ』(1954)を除けばゴジラシリーズではこういう描写は希少である。第1作のゴジラ襲撃後の焼け跡はどう見ても空襲の記憶を塗り込めたものであり、一方新作は震災のイメージで、やはり東日本大震災を経験したいまの日本で特撮エンタテインメントをやるならこうだよな…などと思っていたら、その予告編リリースの夜に熊本にて地震発生。現実は、自然の驚異は、人間の小賢しい思考を残酷に追い抜いていく。

 

 4月某日

 手塚治虫『地球を呑む』(小学館文庫)を、15、6年ぶりに再読。手塚にとって初の大人向け長編であり、「ビッグコミック」の創刊号から連載された(1968〜69年)。手塚の長編作品は『奇子』など後半が腰砕けになってしまう例がままあるが、この『地球を呑む』もその傾向があり、完成度は決して高くない。

 Wikipediaにも書かれているけれども、本作は中盤に3本の短篇が挿入され、筋が中断するという特異な構成を持つ。その3本が、本筋以上に面白い。偽家族の話(第13章「アダジオ・モデラート」)の評価が高いようだが、筆者が好きなのは哀れなエミちゃんのエピソード(第11章「スケルツォ」)。ラストの海のコマには名状しがたい悲劇美がある。それにしても手塚先生の作品に登場する女性はたとえ悪女でも憎めない面がある一方で、イケメン男性は概して極悪なような気がする。そんなことない?

 

もっと勇気出して

 もっと本気見せて

 うまくいかなくたって

 まあいいんじゃない

 Kiss & Cry」(「Kiss & Cry」)

地球を呑む 1

地球を呑む 1