私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

ジャン・ユンカーマン × 小栗康平 × 荒井晴彦 × 松井良彦 × 堀切さとみ × 野中章弘 トークショー レポート・『日本国憲法』(2)

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【松井良彦監督】

 松井良彦監督は『追悼のざわめき』(1988)、『どこに行くの?』(2008)を撮っており、殊に前者は伝説的に語り継がれる。

 

松井「(『追悼のざわめき』は)1983、84年に撮影しました。舞台が大阪の釜ヶ崎で、自主映画です。1985年に完成しまして。内容は疎外されてる人たちですね。

 ぼく自身が兵庫県の西宮出身で、小さいころから(周囲に)在日や部落の方がいらっしゃって。幼稚園児で世の中のことは知らなくて、いっしょに遊んでて、家に帰ったら“何であの子らと遊ぶの”と。どうしてそんなことを言うんだと。中学生になってもクラスにはその方々がいて、野球したりサッカーしたり。家では同じような反応で、親戚にも遊ぶのをやめろと。神戸へ行ったら、差別を止めろとかチラシを配ってる人がいて、実感として伝わってきた。大阪の友だちと遊びに行ったのが新世界で、そこが釜ヶ崎と全然違う雰囲気。いまは観光地ですが当時は全然違って、ぼく自身は思春期で、労務者の人を見て衝撃でした。ちょンの間や売春街、道を隔てて帝塚山などの高級住宅街があって、この違いは何なのかな。

 東京へ来て8mmを始めて、関西の人間だから大阪で撮りたい。疎外されている人たちのいっぱいいるところが釜ヶ崎。そこで愛情の形を描きたい。役者は素人、白黒の2時間半で、これをつくったら映画人生は終わると。でも話題になって、お客さんもちょっと入って、毎年上映されてます。

 新作(『どこに行くの?』)をつくるには時間がかかって、22年後。プロデューサーが好きなものを撮ってくれ、ただし予算は1000万と。嬉しいことで、予算に合う企画を考えようと。脚本はいろいろ書いてましたけど、それだと4500万かかる。1か月で1500万の脚本を書きまして。性転換したトランスジェンダーとホモにさせられた男のラブストーリーです。プロデューサーも困ってました。好きなものとはいえ、こういう企画? プロデューサーも厄介な奴だと思ってたようだけど、前言を覆すのは男としてできない。(完成した)映画はロシアのモスクワへ持って行くことができて、彼も喜んでくれました。

 疎外されている人たちを、ぼくはいつも映画にしたい。いろいろな問題があって、社会の底辺へ流れ込んでいく。でも彼らはちゃんと生きて、恋愛もして、勉強もして、出世したいと思ってる。われわれと同じだな。そういう思いで撮りました。

 戦争の設定ではないですが、表現ということで。憲法表現の自由は保障されてますので」 

初回限定生産 追悼のざわめき デジタルリマスター版 スペシャル・エディション(3枚組) [DVD]

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【堀切さとみ監督】

 堀切さとみ監督はビデオでドキュメンタリー制作を行っており、『原発の町を追われて~避難民・双葉町の記録』(2012)が話題を集めた。司会の小中和哉氏は「新しいタイプの監督」と評する。

 

堀切「私は小学校の給食調理員で、映像とは全く関係ない仕事をしてまして、監督という肩書きでここにいるのが不思議で。大学生のころにドキュメンタリーを見て、世間を知ったという思いがあります。生まれたころに成田空港の計画が持ち上がって、大学に入ってから農民を土地から引きはがして無理やりつくられたと知ったのが原点です。矛盾をドキュメンタリーで知ることができて。

 このまま何となく人生終わるのは厭だなと思ってたとき、“3分ビデオ講座”というのに出会って。映画やテレビのようにプロの人がつくって市民は見るだけではなくて、市民も発信者になれると。家庭用のホームビデオカメラで3分でつくって、YouTubeにアップしたりして広めていける。自分でつくるなんて考えてもいなかったのに世界が広がって、それが2008年です。関心もあって、原発問題を追いかけることに。

 原発事故の後、たまたま私の住んでいる近くのさいたまスーパーアリーナに、1000人規模で避難してこられて。最初からカメラを回したわけではないですが、原発とともに生きてきた人たちを取材したい。いつ戻れるか判らない、おれたちはどうせ忘れられていくよって言った方がいて。マスコミの報道も時間の経過とともになくなっていくだろうと。双葉町の方の声を集めて、自主上映をやってきました」

 

【野中章弘氏】

 野中章弘氏はテレビドキュメンタリーや映画を多数制作。東ティモール独立闘争やアフガニスタンを取材した。現在は早稲田大学大学院教授を務める。

 

野中「堀切さんが言われたように、われわれはジャーナリスト。大きな物語ではなく、小さな物語を追ってきました。70〜80年生きてきた人が、どういう思いでこの土地で生きてきたか、事故で何が失われたかを淡々と記録してきた。家族やコミュニティ、土地を追われるなど、問題は何十年もつづく。原発事故はそういうもので、長く撮らないと判らない。どこに不条理が押しつけられるか、テレビは多数派で判らない。

 戦争には私たちの社会の不条理な歪みが集約されている。それを意識して正していきたいと。われわれは海外の紛争地を記録してきましたが、原発事故と根っ子は同じではないか。命が軽んじられ、軽視されている。それを認めていいのか」

 

【映画の力 (1)】

 諸監督の作品の予告編が上映された。

 

野中「ただ映画はやっぱりいいですね。小栗さん、荒井さん、松井さんのを見ていると、面白いな。やっぱり映画の力はすごい」

ジャン「(『日本国憲法』〈2005〉を)本に再録したら、50ページくらいで(映画は文字の情報量が少ない)。

 『チョムスキー9.11』(2002)はアメリカ知識人の講演とインタビューでつくりました。911テロの1年後で緊急性があって、急いでつくりました。それが意外と効果的。チョムスキーは面白いけど、文章が判らない。インタビューや講演だと、ずっとよく判る。もうひとつ、アメリカではアフガン戦争反対の声を上げるのはタブーでした。海外からは報復戦争をやってるように見えたけど、ただ国内では反対する人、疑問を持つ人がたくさんいて、チョムスキーの講演に来て、それが映像で目に見える。そして劇場で、みんな集まってみる。それはひとつの政治行動になる。同じ気持ちになって立ち上がる。映画はひとつの道具になると思うんです。それがチョムスキー効果。

 疑問をみんなで共有する。2時間の講演の後、みんな元気が出る。力強く会場から帰る。映画でもそういうことがあると思うんです」(つづく)

チョムスキー 9.11 Power and Terror [DVD]

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