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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

倉本聰 インタビュー “無念。”(2002)・『北の国から』(1)

テレビ

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 1981年にスタートしたテレビ『北の国から』が完結したのは、2002年。その最終作『北の国から 2002遺言』の放送5か月前に、脚本家・倉本聰がインタビューに答えている(聞き手:中村裕一)。

 倉本の他のインタビュー記事をいくつか読むと、日本人への説教がくどいという印象を受けるのだが、この記事は主演・田中邦衛などについてのコメントなどなかなか面白いので以下に引用したい(注釈は記事内にねじ込みました)。

 この後の倉本は、『拝啓、父上様』(2007)、『風のガーデン』(2008)といった長編ドラマを発表。インタビュー内では、自ら創設した「富良野塾」での演劇について話しているけれども、2015年には演劇活動から引退した。

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――すでに記者会見等で発表されていますが、今夏で『北の国から』シリーズが終わりを迎えるのは“スタッフの高齢化”が原因だとか。

 

倉本 そもそも21年間、ここまで同じキャスト、スタッフで続けてこれたことが奇跡的。こういうドラマは世界的にも珍しいと思います。ただ、スタッフの中には定年を迎えた人もいるし、キャストの中には亡くなった人もいる。それにみんなが『北の国から』のためだけに生活しているわけではない。いろいろな面でリミットに来たというのが実情でしょう。

 

――しかし復刻DVDの大ヒットなど、『北の国から』をめぐるボルテージが高まっているのも事実です。

 

倉本 一つ言っておきたいのは“感動を共有する”というのは人間本来の特性であるということ。そこから演劇やドラマの世界が生まれ、芝居小屋や映画館も生まれた。そしてテレビは“時間の共有”であり、そこから“家族の絆”というものも生まれていったと思うんですよ。昔は家族で同じテレビ番組を観て話し合ったり、そういった“感動の共有”が家族を結びつけていたんですよね。『北の国から』がスタートした頃は、まだVTRもそんなになかった時代だから、そこで親父の涙を見れた、祖父さんの涙を見れた、子供の涙を見れたっていう共有の仕方があったはずなんだけれども、今はそれがなくなってきたっていう、そこに大きな隔たりを感じる。別にDVDの発売に水をさすわけじゃないけど。

 

――今作の『遺言』というサブタイトルについてはどのような思いが?

 

倉本 ドラマが中止になるということは、一つの番組が死ぬということ。実際に黒板五郎田中邦衛が遺言を書くわけではなく、その番組が残す“遺言”という意図が僕の中にはまずあります。ただ、ファンに対する責任感というか、僕は何をしたらいいのかという部分でまだ整理はついていないし、非常に重いものがあります。だって『北の国から』の世界に生きていますから、こっちは。非常に無念であることは事実でね。

 

――そもそも『北の国から』が誕生した背景というものは?

 

倉本 ちょうどその頃から“家族で観れない番組”というのが出始めてきたように思いますね。ドラマにしても、ひどく訳知りの家族がいて、喧嘩してネゴシエイトして、最後はみんなハッピーに、みたいな。「オレんちはそんなにうまくいかないけどなぁ」という思いと共に、家族全員が共通に感動できるものが何かできないだろうかと思ったわけです。

 

――当初は、純吉岡秀隆と蛍中嶋朋子が自然の中で健気に生きる姿が人気を呼びました。

 

倉本 僕は学童疎開と個人疎開、両方経験しているんです。今まで都会暮らしだったのが、いきなり田舎に持ってかれて、あらぬ世界にぶちこまれるわけですよ。廃屋まがいの家に住まわされて、裏の竹やぶで竹を切って、井戸から水をくんで…。その中で子供心に労働と報酬という意識が植え付けられていった。それは影響として根強いかもしれない。

 

――テレビシリーズには人間関係や物語の伏線など、『遺言』までに通じるすべての要素が集約されていますよね。逆にシリーズを観てないとわからないこともたくさんあったり。

 

倉本 そうですね。ただ、最初は家族が固まっていたけど、今の時代はどうしてもバラバラにならざるを得ない。ですからレギュラー以降のスペシャルは、僕の中でも少し書きにくかったというのはありますね。核分裂していく家族の接点といったらお盆か正月しかない。そこをポイントにするしかなかった。

 

――なるほど。

 

倉本 書き始めた頃、僕自身がまだ都会を引きずっていた。だから、最初は純の心境で書いていたんです。こっちで見るもの、聞くものが珍しくて。でも、次第にそれが五郎さんのほうに移っていった。最初の頃、僕にとって五郎さんは非常に位の高い人だったから。それが自分に生活能力がつくのと同時に、彼の視点に移行していったんです。

 

――いわば“五郎化”していったと。

 

倉本 その変化はレギュラーを終えてから。でないと、泥のついた一万円札(『北の国から'87初恋』)なんて発想は生まれてこなかったと思いますね。 

 いい人を書く気はまったくなかった

――一般的な評価として、倉本さんの作品には作家性を強く感じる、という意見がありますが。

 

倉本 でも僕はテーマから入りませんよ。『北の国から』は普通のホームドラマのつもりで書いたけど、のちのち教育とか環境といったテーマを持ち出されて戸惑ったくらいです。作家性がどうこうというよりも、でき上がったものが作家のものになったということ。作家として「書くんだ」と思っちゃったら、ひどく不純になってしまうと思うんですよ。

 

――では、脚本を書くにあたって、最も重要視する部分はどこですか?

 

倉本 一番大事なのは語尾です。これによってその人の人格が大きく変わってしまう。「○○だと思いますね」というのを「○○だ」とされると、表現が違ってくるんですよ。僕の場合、本読みのときに一字一句変えないでほしいと役者に言いすぎて、悪評が立ったほどですから(笑)つづく

 

(「週刊SPA!」2002年4月2日号) 

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