私の中の見えない炎

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岸惠子 × 山田太一 × 今野勉 トークショー レポート(2)

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【岸惠子と台本】

「私は、台本に書き込みはしません。三田(三田佳子)さんは、台本は全部とってあって書き込みをされると。

 私は入る前に10回くらい読んで、覚えて、相手の台詞も覚える。撮影所に行く前に読むことはなくて、全部入っていて。キャメラがあって、ライトがないと、その気にならない。

 役づくりという言葉がはずかしい。若いときはどんな役か模索しますけど、ある程度年齢を重ねると自分の中にあって。役をいただいてからつくるんじゃなくて。だから、できない役もありますね。

 小津安二郎さんのは、“ちょっと”じゃなくて“ちょいと”。杉村春子さんがちょいとっておっしゃるとさまになるけど。『早春』(1957)で不良少女の役で、“ちょいと”が言えない、そのころの言葉じゃないと。恐れを知らず、“先生、言えない!”って。“どうしてこんなにテストやるの?”って訊いたら、“きみは毎回違うんだよ”って。“毎回同じことやるんですか”“そうだよ。惠子ちゃん、きみが下手くそだからだよ”って(笑)。

 (山田太一脚本は)考えてお書きになってるのが伝わってきましたから。私が書き込みするときは、何でこんな台詞言うんだ、みたいな。山田さん、早坂暁さん、倉本(倉本聰)さん、今野(今野勉)さんがお書きになったものは、何も言うことはありません」

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 市川崑監督の映画『悪魔の手鞠唄』(1977)では(ここから終盤の展開をばらします)、自白の際の台詞に岸氏のアイディアが入っている。

 

「市川先生が事務所やマネージャーを介さないで、いきなりパリに電話してきて“帰ってきてや、惠子ちゃん。あんた5人殺す、殺人者や”って。(殺すシーンは)最初は私がやらずに助監督の方がやってくださって、でも下手で、私がやったら中村伸郎さんも、くっと死んでくださって。

 台本には(殺人の動機が)書いてなくて、夫は大変性悪(せいあく)な男で、その村の女5人くらいに手をつけて。私はその人たちを殺して、それで終わったらつまらない。ひとこと足してくださいって言ったら(市川監督は)なんや、と。むごい男でも好きって言いたいって。私は方言が下手ですから、“心から好きやった”って書いてくれて、自慢話ですけど、ただの殺人から人情噺になったかなって」

 

 岸氏演じる犯人は湖で入水自殺する。その撮影で風邪をひかないかと気遣ってくれた主演の石坂浩二氏が、翌日高熱を出したという(岸氏は元気)。

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【『わりなき恋』】

 『巴里の空はあかね雲』(新潮文庫)など文筆活動を行ってきた岸氏が、2013年に発表した小説『わりなき恋』(幻冬舎文庫)。自ら演じる朗読劇の公演も行っている。

 

「恋愛物を書くつもりはなかったけど、出版社の方が恋愛物にして、と。時事問題を入れたら、見城(見城徹)さんに邪魔だと言われて。映画にしたかったんですけど、ヒロインをやってくださる方がいなくて。この主人公は私そのままで、男の方は中年のいい方がいるけど、女の方はあまりいない。70代で綺麗な方はいるけど。松竹さん、東宝さんも(映画化を)言ってくださったんですけど。

 そこで事務所が朗読劇にしないかと。3か月くらいかけて削って、台本も自分で書きました。自分でやって、幸いいつも超満員でした。ものすごいエネルギーがいりますね。私が悪声ですから、すわって読んでいたら(観客が)飽きる。演出の星田(星田良子)さんもよくて。

 自作自演ですから(台本に)余計なことを書いてない。山田さんは、目線までお書きになることもあるけど、そこまでやるのは大変で、私は自分でやるので書かない。今野さんは、脚本はひとつの作品でなければならないと書いていらしたので、はずかしいんですが」

 

 エッセイもまた書きたいという。

 

「ISもどうしてああいうのが出てきてしまったのか。一昨日、横浜でいちばん大きい本屋さんに行ったら、(IS関連の本が)100冊くらい出ていて。どれがいいか判らなくて、買わないで出てきました。迷える若者がどうしてああいうところへ行ってしまうのか」 

わりなき恋 (幻冬舎文庫)

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【最後に】

山田「岸さんの作品は、映像として残っていますね。アーカイブスに結びつける必要はないですけど、ほっとくとどんどんなくなっちゃうんですね。

 永井荷風が、自分は明治の子だと。明治は遠くなりにけりって歌もあるけど、荷風には遠くなっていくのは止めようがないというエッセイがいくつもある。でも映像がいっぱいあると、遠くならない。明治になると江戸は遠くなって、昭和になると大正はともかく明治は遠い。ある時期から前は映像が全然ない。80年代以降は映像も音もある。人間は現在や未来だけじゃなくて、過去からもできている。過去がいちばん多い。それを再現するツールがいまはできていて、新しい時代なんじゃないかな」

今野「(脚本アーカイブスだけでなく)映像アーカイブスもできないかな。著作権とかいろいろからんできて難しいけど。アメリカやフランスは一応アーカイブスができているけど、日本には全くない。テレビを目指す人がアクセスできて見られるようにしたい。また、きのう見たのを学校で教材として活用できれば、活性化できる。テレビを目指す人や研究者も見られないと、文化が伝わらない。映像アーカイブスができないかなというのが希望です」

「過去を紐解かないと、きょうもあしたもないということですね。

 私は、死が近づくんじゃなくて生が遠ざかっていくと思っていたら、検査で引っかかって。あ、死が近づくんだって(笑)。あと1本くらいやりたいですね」

 

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