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風祭ゆき × 中田秀夫監督 トークショー(小沼勝監督特集)レポート・『妻たちの性体験』『サディスティック&マゾヒスティック』 (2)

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【『妻たちの性体験 夫の眼の前で、今…』(2)】

 『妻たちの性体験 夫の眼の前で、今…』(1980)の後半、夜の別荘でのクライマックスには驚かされる。

 

風祭「学生に揉まれるところは、みんな若くて、段取りを決めてても引っかかれたり、乱闘ですね」

中田「モブレイプシーンには、殺陣師はいたんですか」

風祭「いえ、監督が助監督と相談してやっていました」

中田「殺陣師がいると綺麗になっちゃう。いないから裸祭りみたいになる」

風祭「乱闘シーンは朝から撮っていたんですけど、バスの中で(学生役たちは)裸になって、人がいないのを見計らってガーッと走って出てきて、撮り終わってバーッとまたバスに戻って着替え。

 (最後に)女はたくましく立ち上がる。ロマンポルノでは、女性は女神さまで男の人の理想像。そこに何度か立てたと、きょう見ていて感慨にふけりました。乱闘があっても、それを乗り越えた先がありますね。

 公開したとき、朝日新聞蓮實重彦さんが大絶賛していて、にっかつの人もびっくり。私も“えっ” 。でもちゃんと評論してくださるから励みになって。私は80年代からで、白川和子さんみたいに、その前に世間と戦った方に比べれば、私たちの時代は世間が認知してましたから」

 

 風祭氏は、小沼監督の『悪女軍団』(1981)にも出演している。

 

風祭「『悪女軍団』でも、私には小沼監督は面白くて。私は与えられたものをどう表現するかってタイプで、出来上がってみると、私の可能性を見せてくれたなって。またやったらもっとうまくなったんじゃないかな。1984年くらいまでコンスタントに(ロマンポルノに)出てましたけど。

 小沼監督は映画バカ、って言うと言葉は悪いですけど。愛すべき方です(笑)。

 武田一成さんもしつこいから、もう1回って鬼瓦みたいに言ったり、厭って人が多かったけど、私は面白いなって思って。2、3本やってます。中原(中原俊)監督の第1作(『犯され志願』〈1982〉)にも出てて、新旧の監督とやりました」

 

【『サディスティック&マゾヒスティック』】

中田「もともとは殺意を、ナイフを突き立てるぐらいのことはしたいと思ってた。本人は“中田に殺意を持たれるほど鍛えた覚えはない”と(笑)。きのう、小沼監督と7年ぶりくらいにお会いしました」

 

 中田秀夫監督のドキュメンタリー『サディスティック&マゾヒスティック』(2000)には、小沼監督や中田氏自身も登場。風祭氏も含む出演者・スタッフがインタビューに答えている。このころの小沼監督はまだ若く元気…。

 

中田「小沼監督は東京に出てきたころ、月20本くらい映画を見ていて、ジャン・ルノワールとか、女性を美しく撮る映画が好きだった。そういう志向の人で、助監督のときは男性優位の日活アクション映画をやっていて、でもロマンポルノが監督には合っていた。

 ぼくは学生時代にロマンポルノへのあこがれがあって。新人メインで撮っていたのも、にっかつだけです。にっかつに入って、あこがれていた田中(田中登)さんと神代(神代辰巳)さんにつくことができたけど、その作品はロマンポルノではなかった。あこがれていて、なおかつロマンポルノでつけたのは小沼さんだけ。ほかの監督が他社でやっていても、小沼さんはほとんどロマンポルノ。ご本人の資質とぴったり合っていた。ロマンポルノの最終コーナーまで撮っていましたね」

 

 中田氏も参加した『箱の中の女』(1985)は、小沼監督作の中でも最高にクレージーな怪作である。

 

中田「小沼組は、頭でっかちの映画ファンであることを忘れさせるような現場。『箱の中の女』では女優さんの失踪事件があって、さがして連れ戻した。5日間撮影を中断して、これが“実録小沼組”って映画になるくらい(笑)」

風祭「よかった、それやらなくて(笑)」

中田「すごいのが船橋の下水道。夜12時くらいまで撮影して、1時に移動して、制作担当がマンホールの蓋を開けて“ここが現場です” 。監督やみんなは“そうか”と(一同笑)。過酷というか、でもそれが妙に映画的」

風祭「よかったやらなくてって言ったけど、映画的ですね」

中田「AVが出てきて、それでロマンポルノも負けないぞと。那須さんはパリ人肉事件を題材に撮っていて、小沼さんは『箱の中の女』を。前貼りなしでハードな現場でした」

 

 新宿東口にて、車の中で裸にされるシーンは、『サディスティック』にも出てくる。

 

中田「暗幕を張って、夏の新宿を歩いてる人ごみを(後景に映るように)狙う。これが映画だ! にっかつに入ったなって妙な快感(笑)。

 『箱の中の女2』(1988)では、聞いた話だけど3500万の予算で4000万かかった。にっかつの人も、小沼ならしょうがないかって。丼勘定でしたね。天気に左右されたせいもあるけど、でもセットもちゃんと組んだし」

風祭「ピンク映画はセットなしで、山本晋也監督はゲリラ撮影のように撮ったとおっしゃっていますもんね」

中田「現場ではぼくとか助監督がやってみせて、考えがまとまると“そうじゃないだろ”って。あれはたちが悪い(一同笑)」

 

 『生贄夫人』(1974)など小沼作品の映像が、次々インサートされる。

 

中田「ぼくはドキュメンタリーを4本やってまして、あとの3本はカンパと自費でつくりました。自分でプロデユースしたんですけど、『サディスティック』はにっかつ制作でロマンポルノの映像をどれだけ使ってもいい、と(笑)」

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【その他の発言】

中田「ぼくはアメリカへ行く前くらいは、もうホラーじゃないと思っていたけど、アメリカで自作のリメイクをつくってしまって(『ザ・リング2』〈2005〉)。ホラーは(自分にとって)宿命かなと。

 学生時代はシネフィル。蓮實ゼミにいたけどハイブロウなゼミで、ぼくはゼミ生の中で落ちこぼれで、もっとすごい博覧強記のやつもいて大学の先生になったり。ぼくは堕落したシネフィルです。

 ぼくはバックステージで、ヒロインが成長するものが好き。小沼さんも好きな『フレンチ・カンカン』(1954)とか。その志向が、『女優霊』(1996)にも『ラストシーン』(2002)にも出てきます。いまはDVDにメイキングが入っていて、舞台裏を描くのに商品価値がないですね。

 当時にっかつがスタッフを外へ出して、出稼ぎに行ってこい、と。そうじゃないと食わせられない。だから東映那須監督、澤井監督につきたいとこちらから監督を逆指名して、いい勉強になりました」

 

 金子修介監督、柄本佑安藤サクラ夫妻、映画評論家の佐藤忠男氏も劇場にいらしていた。

 

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