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大島渚 インタビュー “新選組はボク自身だった!”(1999)・『御法度』(2)

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――それは大島さん自身が滅びていくものに惹かれる傾向があるということでもあるんですか?

 

大島 実際問題としては、残念ながらボクはまだ死んでいないわけですが、本来革命家というのは、36歳や39歳で死ぬべきものだと思う。その一番いい例がゲバラです。そういう意味では、ボクは長生きし過ぎたと思っているんです。「私のゲバラたち」という文章(68年の『絞死刑』製作に当たって大島渚監督は、「多くの私のゲバラたちと共に私は今後とも勇敢な映画製作を続けていく」と書いた。このカストロフィデル・カストロ役を引き受ける心情については『大島渚1960』(青土社刊)でも触れている)にも書きましたけど、ボクはカッコいいゲバラチェ・ゲバラじゃなくて、カッコ悪いカストロの役を引き受けて生涯頑張るんだと、そういう決意をすでに30代で表明しているわけですよ。事実そうやってきたと思います。美学として描く場合には新選組をやるけれども、ボク自身は美学に反して長生きしているわけです。

大島渚1960

大島渚1960

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――監督自身、新選組の中では一番、誰に自己投影していますか?

 

大島 この映画ではボクは土方ビートたけしの目を通してものを見ています。一般的に新選組の中のボクのポジションを考えた場合には、近藤崔洋一でしょうね。

 

――そういえば、カストロゲバラがお互いに了承の上で、お互いの役割を演じ続けたというのは、近藤勇土方歳三にも言えますよね。

 

大島 そうですよ。カストロの役を引き受けるということは、近藤の役でもあるわけで、だからボクが近藤のキャスティングに最後まで悩み続けたのもそこにあったんですよ。

 

――崔洋一さんが閃いたのはなぜ?

 

大島 それこそ、本当に単なるヒラメキなんだから。お正月が近づいたらパッと閃いた(笑)。

 

――で、大島さんにおけるゲバラは、いつもいるわけですか?

 

大島 それはいますよ。ある時期には田村孟だったろうし、ある時期は戸田重昌だったろうし。『御法度』にも大勢いたんじゃないかなあ。

 

――土方の観察してコメントするポジションというのが興味深いですが。

 

大島 土方はオブザーバーであると同時に、オルガナイザーなんですよね。それがたけしさんの中で微妙にブレながら進化していってる。もし10年前にやらせていたらちょっと違っていたでしょうね。今はああいうふうな揺れ方でしかありえないというところに彼はいるんですよ。中に入って引きずり回すのでもなく、全部まとめるというのでもないし、退ききっているのとも違う。それを見事に演じきったと思います。とにかく土方の目で新選組を見ているというのが、この映画なんです。

 

――沖田総司のポジションも面白い。今まで彼は美しく強いとしか描かれてきませんでしたが、初めて理知的で怜悧な若者として描いています。

 

大島 ある意味で年長者から見た理想の若者と思って描きました。

 

――沖田役の武田真治も惣三郎役の松田龍平、田代彪蔵役の浅野忠信も、三者三様の美しさを出していました。

 

大島 それは、武田君たち3人に対してボクが感じた美しさが、十分に出たということでしょうね。やっぱりボクは美しいものに惹かれる。

 

――ホモセクシュアルの若者たちを描くのもそれと関係あるんですか?

 

大島 ホモかどうかってことじゃなく、セクシーなものに興味があるんです。ホモセクシュアルと普通のセクシュアルに違いはないと思いますし、究極的には美しさに繋がっていくものだから。『エヴァンゲリオン』の庵野秀明君が、自分たちの世代には現実はない、極端に言うと全部フィクションで漫画の中にしか現実がないという話をしていた。ボクなんかのときは明らかに、60年代、70年代までは現実があって、その現実と闘っていたわけですから。そういう闘いに敗れたところから、ボクは美しい若者たちに目が行き始めたというか、美しいものとしてしか若者を描きようがないということに気づきました。

 

――思想的に対峙するのでなく、若者の美しさが相手ということですか?

 

大島 そう、美しいだけあって、脆弱で、頼りにし難いものとしてね。たまに怖さに近いものは感じることがありますが、全体としてはやはり弱さのほうが中心でしょうね。惣三郎もそうです。美しさと訳のわからない面と、弱さですね。土方は惣三郎が怖いんじゃなくて、彼が存在することで自分の周りが揺れるということが怖いんだと思います。だから最後に桜の樹を斬るときに、自分の滅びを予感して斬っているんですよね。

 

 映画の新しい傾向はどこにもない 

――最近、海外で日本映画の人気が高いんですが、これをどう思います?

 

大島 日本映画だけでなく、世界的に映画の新しい傾向なんてどこにもないんです。アメリカ映画なんてまったくダメだもの。

 

――90年代に入ってからの中国映画は? 動乱があるからいいものが出てくるとおっしゃってましたけど。

 

大島 だから、もう中国からいいものなんて出てこないでしょう。極端に言うと、20世紀に映画をやってたところじゃなくて、全然違うところからひょっこり新しいものが出てこないとダメなんじゃないかな。

 

――大島さんには、日本映画に活を入れる人というイメージがありますが、もっと日本映画を混乱させて戦場にしていきたいのでは?

 

大島 そういうのはもういい。カストロだってのうのうと生きてるじゃないですか。ボクにも、のうのうと生きさせてくださいよ(笑)。

 

以上、「週刊SPA!」1999年12月15日号より引用。