私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

池内紀講演会 “森鴎外の『椋鳥通信』”レポート(2)

 『舞姫』は、日本からのエリート留学生がドイツ女性と恋愛関係になり、選択を迫られる。結局、彼女を棄てて出世コースに戻る。ほぼ実体験だろうと言われていて、鴎外が5年の留学生活を終えて日本へ戻ると、ドイツ女性が追いかけてくる。あの当時、ドイツから日本へ来るのは大旅行ですね。おそらく約束があったんです。森家は、エリートに傷がつくと慌てた。ふたりを一切会わせないで、東大の小金井良精教授が女性を説得して帰らせた。そして鴎外は、半年後に陸軍幹部の娘と結婚する。うまくいかなくて、後に別れるんですが。

 『舞姫』では、主人公の留学生が休憩所でいろんな新聞を読んで、その情報を日本へ送るというアルバイトをしている。主人公は、ドイツでこんな仕事をして恋人と暮らすのはどうだろうって一瞬思う。軍医総監となった鴎外は、ドイツの新聞を読んでいて、休憩所で抱いた夢を思い出したんじゃないかな。かつての贖罪、つぐないの意味があったのかもしれない。これは池内個人の想像で、鴎外は “これは若き日の〜” なんて愚かしいことは書いていない。でもあのヒゲのいかめしい顔に青春の惑いがひそんでいたんじゃないか。

舞姫・うたかたの記 (角川文庫)

舞姫・うたかたの記 (角川文庫)

 鴎外の仕事ぶりは、軍人精神の表れのようにきちっとしていて、『椋鳥通信』も飛びがない。文庫では、編集の方と相談して、池内がコラムを入れよう、と。上巻には10本のコラムが入っています。

 弘前大学のまだ40代の山口徹さんという方が『椋鳥通信』の全人物の索引をつくった。全人物は2800人です。AからZまで配列して、出てくる頻度がひと目で判る。鴎外は何に関心を持ち、どういう情報を選んだかが判る。

鴎外『椋鳥通信』全人名索引

鴎外『椋鳥通信』全人名索引

 鴎外は、キュリー夫人に興味を持っていた。2度目のノーベル賞を受ける前です。文庫だと中巻ですか。キュリー夫人の不倫の恋とか、当時の日本人は誰も知らないけど、鴎外はひとかたならぬ関心を持って追っていました。フランスからポーランドへ移って恋をあきらめるかなとか、研究者としても人間としても関心があった。余談ですが、娘さんが書いたキュリー夫人の伝記があります。自分は中学生のころに読めって言われて、女の伝記なんか読めるか!って言ってたんだけど(一同笑)。最近読み直したら、ほとんどそのことは書いてない(笑)。でもほんの少し出てきて「40代で恋愛する女性がいかに美しいか」と書いてる。結局相手と別れて「ある日、母は一夜にしておばあさんになっていた」と。娘らしい眼があって、事実と哀れをひとことで述べている。鴎外はさすがにそこまで言ってないけど。

 鴎外は、アムンゼンとスコットなどについても書いています。当時は世界的に南極北極の探検ブームがあって、鴎外もそれを追いかけてる。

 また、過激な思想を持ったトルストイがどういう経過で迫害されて弾圧されたか、社会的事象に関心を持って追いかけています。

 (初期は)どうしても情報がヨーロッパやロシアに偏る。でも1910年くらいから、徐々にアメリカの情報が入ってくる。アメリカで資本主義が高まって、一代で鉄鋼王になった人とかが出てくる。カーネギーとか、世界の石油を買い占めたロックフェラー。鴎外はこういう情報を拾って、20世紀はもはやヨーロッパの貴族が動かす時代ではない、アメリカの経済人が世界を牛耳る、と。だからカーネギーなどのゴシップを取り上げている。カーネギーは人生の前半で金を稼ぎ、後半で慈善活動に使った。ロックフェラーは、カーネギーと違って憎まれた。ふたりはどこが違うのか、とか。

 第2次大戦後、世界の動向はアメリカが動かす。鴎外は早い時期に、アメリカ経済の巨大な力に注目し、情報を伝えている。

 ドイツを戦争に巻き込んだヴィルヘルム皇帝、彼は自分を天才だと思っていて、それがいかに国を誤らせたか。誤らせたとは書いていないですが、皇帝のインタビュー・演説をそのまま引用して、これがいかに愚劣であるかがよく判る。国を誤らせる指導者を、尊重するような書きぶりで、読む人に判るような書き方をしています。社会批判の眼がある。

 オーストリア皇太子夫妻がセルビアで暗殺されて、第1次大戦が起きる。最後が暗殺の記事で「大いなる戦乱の予兆」とあって、大戦が始まる前の月で『椋鳥通信』は終わっています。当時のヨーロッパ人は、大戦が4年もつづくと思っていなかった。中世のロマンチックな戦争の感覚で、近代戦争の残酷さが判らず、数か月で終わると思っていました。でも、鴎外は「大いなる戦乱」だと判っていたんですね。

 (『椋鳥』の終了は)おそらく戦争でシベリア鉄道が走らなくなって、情報が途絶えたせいですね。でも鴎外としては、役割が終わったという意味もあっただろう。後で他の雑誌に書いたものは、『椋鳥』とはスタイルが違っていたんですね…。

森鴎外 椋鳥通信(上) (岩波文庫)

森鴎外 椋鳥通信(上) (岩波文庫)