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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

山田太一講演会 “きれぎれの追憶”レポート(2)

山田太一 書籍

【戦争について (2)】

 最近、日本は素晴らしいって(あちこちで)言われてて、そうかな? 他の国が素晴らしいのと同じ程度に、日本も素晴らしいかもしれないけど。きょうも電車に乗っていたら、日本人の味覚は高度だってポスターがあって、それは日本人が好む味に関しては“高度”かも判りませんが。

 オリンピックに関しても、他国に比べて日本の借金は膨大で世界一くらいなのに、何であんなスタジアムを派手につくって(一同笑)、ほんとにどうかしてる。この数年、どうかしてる度合いが強くなっている。

 

大岡昇平福田恆存

 若いころから、福田恆存さん、大岡昇平さんが自分にフィットする、納得できる批評家だと思っていまして、雑誌に載れば必ず読んでいました。でもそのおふたりが、対立なさったことがある。結構有名な話ですけど。

 大岡さんは兵隊にとられて、ルソン島へ送られて、死ぬ寸前までいった。その後収容所に入って、帰国されたんですが、周囲の人は亡くなって、そのことから逃れられず、『レイテ戦記』(中公文庫)などを書かれた。

 大岡さんの作品の抑制されて論理的な面は、魅力的です。(出征の日に)品川駅で、奥さんと子どもが最後の別れに来てくれないかと待っていると、来る。それを乾いた文章で書いていて、後に“大岡、かあちゃん、品川埠頭涙の別れ”とからかわれたと。本当は、涙の別れだったんですね。でも、そういう抑制がうまい。

 福田恆存さんは右翼と言われることもありましたが、ぼくはそうではないと思っていて。福田さんは、自分がなぜあるかはいくら考えても判らない、もうひとつ判らないのは死んだらどこへ行くかが判らない。宗教はあるけど、多くの人は判らない。死んで戻ってきた人はいない。そういう判らないことは、そのままにしておかなければならない、と。それはリアルなことで、宗教まわりの人には申しわけないですけど。

 また福田さんは、他人を自分を根拠にして語ってはいけない、と。他人は違うのだから、違うということを前提に考える。そういう不可知論、自分を基準に他者を考えてはいけない。いくら身を寄せても、人の悲しみは判らない。そういう視点にぼくは納得したというかな。

 でもひとつ、えって思ったことがありまして、大岡さんの『俘虜記』(新潮文庫)で、(主人公が)放浪してもう死ぬしかないというとき、声が近づいてきて。戦おうと草むらに身をひそめていると、紅顔の若いアメリカ兵が来て、撃とうとするけど(撃たない)。すると後ろで銃の音がして、アメリカ兵は行ってしまう。結局殺さないで、(自分が)死ぬ寸前に人を殺したくないというヒューマニズムです。また、アメリカ兵の“紅顔”に打たれた。だからアメリカにいる彼の母親に感謝されてもいいだろう、と。福田さんはそれについて、死ぬ寸前にアメリカ兵が来て若さにひるんだとか、そんなことを短い時間に思うわけがない。ただ撃てばこちらが殺される。だから撃たなかっただけで、バカなことを言っちゃいけない、と。それもリアルです。大岡さんと福田さんはエッセイなどによると親しくしていらっしゃったんですが、でも『俘虜記』のキーとなるエピソードを批判された。福田さんもすごいんですが、これはどちらが正しいという問題ではない。

俘虜記(新潮文庫)

俘虜記(新潮文庫)

 

 普通の出来事でなくて生き死にに関わることで、飢えていて、死を決意している。そういうこともあるかもしれない。死ぬ前に若い人を殺したくない、という。福田さんのほうは、論理に傾きすぎていないかな。自分になぞらえて、自分だったらと批評してしまった。人がぎりぎりで死ぬとあきらめているときに、青年が来て撃てなかったというのを、単純に事実だけでなく意味を一生懸命さがして書いたんじゃないか。リアリズムだけで割り切って書きたくない、といのは当たり前じゃないかな。ただ死にたくないから隠れてたと片づけるのがリアルかっていうと、そうとは限らない。短い時間でもぎりぎりのときはいろんなことを考え得るって、ぼくは思うんです。最近、菅野昭正さんが『小説家 大岡昇平』(筑摩書房)っていう本を出されていて、ドキュメンタリーなら勝手なフィクションと言われてしまうけど、小説なら書けると、大岡さんは思われたんじゃないかと同じことを書かれています。小説は、事実じゃないけど本当っていうことが書ける。

 福田さんはすごい方だけど、やはり自分を基準に考えてしまうんだな(笑)。それはもう、こちらの勝手な失望ですけど。鋭い方でも、他者のことは判らない。お葬式がこのごろ多くて、(故人は)いい人だったとみんなが言うけど、そんなに知らないだろって(一同笑)。他者を判るって難しい。お葬式だから誉めるっていうのは、かえって蹂躙している。そんないい人じゃない、“いい人”だとしても別の意味だよ(一同笑)。他者の頭の中にある自分って、自分と全然別かもしれない。

小説家 大岡昇平 (単行本)

小説家 大岡昇平 (単行本)

 

【最後に】

 判らないことを踏まえて、判らないことを重んじる。他者のことは判らなくて、こうだと思ってもきっと違う。われわれの人生も判らないことだらけです。科学で解明しようともしてきたけど、でも判っていないんじゃないかな。その判らなさが救いで、全部判ってしまったら他の人とつき合っていられない(笑)。死んでどうなるか判らないから笑っていられる。

 何か超越的なものが、世界をつくっていると思うことも。四季の美しさ、花も綺麗だけど、それに意味がないとは思えないけど、何の意味があるのかは判らない。それでも、その判らなさを大事にしなきゃいけない。

 便利なものを差し出されると、つい取り入れちゃう。ひねくれたことを言ってても、みんなが使い出すと後戻りできない。それは進歩じゃなくて変化で、止められないんですね。

 変化って深いところで、何者かの意思があるように感じる。そういうふうに人間や他者を捉えるというのも、大事なんじゃないか。歳をとったからかな(笑)。では、こんなところで(拍手)。

 

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夕暮れの時間に

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