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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

山田太一 × 三田佳子 × 嶋田親一 × 中村克史 トークショー レポート(3)

山田「(近年の脚本家軽視の流れを)憤慨しています(笑)。脚本家は自分の物語が書きたいからなったわけでしょう。小説家がマンガのノベライズを書けって言われているようなもので、20〜30代の大事な時期を賭けてるのに。しかもひとりっきりで、会社に入るわけでもなく。それが、小説やマンガの脚色ばかり。いまはすごく歪んでいると思いますね。どこかの局は、原作がないと企画にならない、と。川口幹夫さんの築いてくれた作家主義、短い間でしたけど、ほんとにありがたかったですね」

嶋田「私はスタートが新国劇で、とにかく脚本が大事だと。世間では役者の劇団だと言われてましたけど。ニッポン放送に移っても、初めにホンありきと教育されてきました。三田さんがホンを大事にしてきたと伺って、いい時代に教育を受けたなと。昔の映像は残ってない。残ってなくてよかったですけど(笑)」

三田「脚本ありき、そこから想像してひとりの人物をつくりあげるのが面白くて止められない。私たちがプロが演技するとき、もとは文字です。山田先生の癖のある文字、花登筐先生の文字は読めなくて、読む専門の人がいましたけど。いまも3か月前から夜中に写経のように台詞を書く。4時間くらいすわってやります。それで頭に入ってくる。命ある限り、通り過ぎるだけの役でも、山田先生も声をかけていただけたら(笑)」

中村「ぼくのように、ディレクターやプロデューサーの経験があると、放送から逆算で脚本を考える。ライターがファーストランナーです。トラブルが起きたのは、最終ランナーのディレクターがシナリオに赤線を入れたり、そういうのがきっかけでしたね。

 昔は脚本家のシナリオ集が普通の本屋さんに並んでた。でもいまはそういうのがなくて、だからアーカイブスではシナリオ文学史としてライターで検索でくるとか、文字としてのシナリオを学べるようになっていってほしいですね」

山田「勢力争いみたいに脚本が1番ではなく、演出家が1番、俳優さんが1番のときもあります。みんなでつくるんですから。でも映像が失われていて、せめて脚本だけでも残そうというのがアーカイブスの主旨でして。

 俳優さんが亡くなると、もうある人物は書けなくなるなと思うくらい、俳優さんはかけがえがない。演出家も同じで、中村さんは偉くなって(演出の現場から離れた)。会社の人は偉くなるからこちらは困るけど、中村さんといくつも仕事をやれたのは幸せでしたね。

 チェーホフも脚本で、キャスティングで味が違う。『桜の園』は東山千栄子さんのラネーフスカヤ夫人で見てましたけど、他の人がやるとあっと思うくらい違う。勢力争いでなく、みんなで気持ち良くつくれたらいいなって思います。

 脚本を読んでから、演出や演技を見るというのも豊かな経験ですね。実は、台本だけで想像してたほうがよかったかな、とか(一同笑)」

桜の園

桜の園

 

嶋田「いまの若い演出家も、もっと芝居を見るべきですね。昔のことをよく勉強してる方、してない方、真っ二つに分かれてますね。現役の人は時間がないのかな」

山田「ひとつの作品を書こうと思うときは、似たものを読んで、映画をさがして見ます。それでインスパイアされる部分がありますね。過去のほうが豊かで、それを踏み台にすればいいと思いますね。言葉だって過去から継承しないと喋れない。

 テレビは、過去の作品を一般の人が上映する権利がない。いい作品も忘れられるし、それはもったいないですね。もしみんなが権利を主張すると、事務をやるだけでも大変らしいんですが」

中村「テレビは、個人というものをフィーチャーすることがなくなってきた。大新聞は広告が多くて、スペースがない。昔は脚本家とか、和田勉佐々木昭一郎、深町幸男といった演出家の名前が出ることもあった。署名記事の批評もあったけど、いまはあらすじ書いて、“次回が楽しみ”だけとか。個人の仕事の集積であると主張したいですね」

三田「私は『外科医 有森冴子』(1990〜1992)と内科医の『いのち』(1986)でお医者さんの役をやりまして、本物のように思われちゃった。ある時期から女性が外科医になることが増えて。『有森冴子』は井沢満さん、『いのち』は橋田先生の脚本がよかったんですけど。テレビの影響力は大きくて、私も少し社会に貢献できたのかなって」

 

 筆者は山田先生と中村氏に興味があって行ったのだが、やはり三田氏が目立っていた。

女外科医 有森冴子 (角川文庫)

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