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飯島敏宏監督 × 黒部進 トークショー・『ホームカミング』

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 往年の『ウルトラQ』(1966)、『ウルトラマン』(1966)にて脚本・監督を務め、バルタン星人のエピソードを撮ったことでも知られる飯島敏宏監督。

 飯島監督は映画『怪獣大奮戦 ダイゴロウ対ゴリアス』(1973)、テレビ『ウルトラマンマックス』(2005)などを撮る一方で、脚本家・山田太一の初期代表作『それぞれの秋』(1973)、大ヒットした『金曜日の妻たちへ』シリーズ(1983〜1985)など、多数の大人向けドラマの演出・プロデュースを手がけた。

 2011年、飯島監督が脚本・監督を担当したのが、定年後を迎えたシニアたちの映画『ホームカミング』である。

 東京郊外の新興住宅地における人間模様が描き込まれた『金妻』シリーズ以来、“郊外の町での生き方”は飯島氏のライフワーク的なテーマであり、『金曜日には花を買って』(1986)、『君が人生の時』(1997)、『理想の生活』(2005)など飯島作品には度々登場。『ホームカミング』は、その言わば集大成的な作品である。

 

 定年退職した主人公(高田純次)の住む町は、東京郊外のニュータウンだが、その平均年齢は68歳。主人公は、近所の同世代の仲間(秋野太作黒部進竜雷太ら)と祭りを開催し、町おこしに挑戦する。

 『金妻』シリーズの竜雷太高橋恵子、『それぞれの秋』の林隆三、『ウルトラQ』の佐原健二と西條康彦、『ウルトラマン』の黒部進桜井浩子、『ウルトラセブン』(1967)の森次晃嗣などかつての飯島作品を彩った出演者が大挙して登場。

 2月、この作品のモデルとなった町とも程近い川崎市にてリバイバル上映と飯島監督 × 黒部進のトークショーが行われた。

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 黒部進氏は、『ウルトラマン』(1966)にハヤタ隊員役で主演。その後、近年の映画『ウルトラマンサーガ』(2012)などにて同じハヤタ役で出演しているほか、テレビ『水戸黄門』(1976〜2007)や『トリック』(2003)など幅広い役柄を演じるベテラン俳優である。黒部氏は、素顔のトークは軽妙で、70代半ばとは思えないパワフルさだった(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。

 

飯島「あした(公開が)始まるというときに地震東日本大震災)があって、映画館は壊れるし、大変な目にあった映画です。

 ぼく自身が、生田の丘の上の西三田団地に7年ばかり、『ウルトラマン』をやっていたころに住んでいました。多摩川を渡って公団住宅に入って、それからいまいる町田に移った。(大月俊倫)プロデューサーに、お金を出すから何を撮りたいかと言われて、怪獣映画を撮って欲しかったみたいなんだけど(笑)、こういうものをやりたい、と。

 実際の町の方々も劇団のように出ていらっしゃって、画面の中で生き生きしています」

黒部「地味な映画ですけど、ペーソスがあって。みなさんもこういう情況の中で住んでいると思います。この映画を教科書として、地域の活性化のために役立てていただければ」

飯島「若いころからディレクターやプロデューサーをやっていまして、怪獣ものや喜劇も撮りました。ぼくは喜劇が好きで。

 『金曜日の妻たちへ』とか(過去の作品)の俳優さんたちがあれだけ出てくださって」

黒部「昔はギャラを払ったんでしょ?(笑) 今回は監督の息のかかった俳優さんたちが、ギャラなしで馳せ参じたんです。監督が、“おれが撮るぞ”って言ったらね」

飯島「黒部さんは電車賃くらい(笑)。(ギャラを払っていたら)何億もすごい予算がかかったでしょう。たくさんの俳優さんに、お祭りもあって、ライティングも必要で。照明は黒澤明さんの作品の方です。キャメラも35mm用で、フィルムで撮ってる。いまは、普通はデジタルですけど」

黒部「ぼくは大病しまして、復帰第1作ですので大変印象に残っています。監督は、黒部さんは自転車に乗れるか?ってある俳優さんを介して訊かれて。

 若い人とお年を召した方との地域でのコミュニケーションが希薄で、犯罪も頻発している。コミュニケーションをどうとっていくかが大きなテーマになる。今回は祭りですけど、町おこしの参考になる映画ですね」

飯島「撮ったのはもう5、6年前。(劇中の台詞で)“町の平均年齢は69か70”と言ってますが、いまは70をはるかに越えています。

 映画では結論を出していません。最後に“何か見えた”って言っていますけど。俳優さんから続編を撮れって言われています。

 この映画は現実より甘いですけど、見てるみなさんが笑ってくれて、シーンとして泣いてくれると監督としては嬉しいですね。映画が伝わったという確信がある」

黒部「きょうの幸せ、外は寒くても心の中はホットで、それを抱いて寝てください。大げさな喜びじゃないけど、人生には小さな喜びの積み重ねが大事です」

飯島「きょう、黒部さんを呼んでよかった(笑)。いいこと言うね」

 

飯島「(警官役の)麗奈さんはハリウッドで仕事してて、その映画は日本で封切られてないので知られてないんですけど。早くしないとおばさんになっちゃうかな(笑)」

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飯島「『ウルトラマン』で黒部さんが初めてハヤタ隊員になったのは、川崎の三田にある浄水場です。1日目に撮りました。私がホンを書いて撮ったのが最初で、そういうご縁で電話しました」

黒部「約50年前、もう忘れてますよ。たしかに浄水場へ行ったな、周りを走ったなって思い出しますね」

 

黒部「監督は82歳、ぼくは76。天井に来て、後期高齢者ですよ。でも夢を持って、またチャンスがあれば撮りたいというお気持ちがある。次回、監督が撮ったら、また俳優たちが馳せ参じて、そしたらまたここ(川崎市のホール)でやりますんで(笑)」

飯島「この仕事をして50年ですよ。渥美清さんの『泣いてたまるか』(1966〜68)を毎週月曜日にやりまして、山田洋次さんが脚本で監督がぼくで、「男はつらい」(1968)というもの。それがよその局へ行って(シリーズになって)、タイトルがそのままじゃダメなので『男はつらいよ』(1968)と、“よ”をつけた。

 今回の秋野太作さんや亡くなられた(やくざ役の)林隆三さんにも、渥美さんの匂いがしますね…」

 

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