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君塚良一 インタビュー(1998)・『世界で一番パパが好き』

 先日、東日本大震災を描いた映画『遺体 明日への十日間』(2013)を見ていて、それなりに力作なので感心した。脚本・監督は君塚良一で、彼はこの10年くらいの打率の低さにより最近はすっかり映画ファンの反感を買ってしまったが、この『遺体』はもう少し評価されてもいいように感じる。

 以下に引用するのは、「週刊SPA!」1998年10月7日号に掲載された君塚氏のインタビューで、脚本を手がけたヒット作『踊る大捜査線 THE MOVIE』(1998)の公開直前である。踊る大捜査線については何度となく裏話が語られているので、そのあたりは割愛して引用したい。

 

 (『踊る大捜査線』の)半分は創作。実は、警察でも最近の若い人はホシとかヤマとか言わないらしいんです。もともと署外で使ってた隠語ですから。今の若い人の感覚ではカッコ悪いって。むしろ「マル秘確保」っていう語感がカッコいいって使ってるという

 

 僕自身はサラリーマン経験がないんで、20代のころは全然認めてなかったんですよ。酒飲んでも愚痴聞かされるばかりでね。でも30過ぎたころから興味を持ち出した。むしろ組織の中でどれだけ信念を持って生きていけるのかっていうね。『コーチ』『ナニワ金融道』あたりからそれが書けるようになりましたね

 

 大学は日大芸術学部で、映画監督になりたかったんです。学生のころは東宝で進行助手のバイトをやってました。でも、映画がどん底のころで、映画ってものに失望させられてね。地道に脚本コンクールに送って続けようかって考えてたとき、当時の教授にこれからはテレビだからって勧められたんです。10年たったらテレビは、恋愛やアップ・トゥ・デイトなものを描くようになるだろう。何でもいいから業界に入っておけと。まさに10年後のトレンディ・ドラマを予測していた。その教授の紹介で、大将萩本欽一のところに行ったんです

 

 最初は正直、笑いを下に見ていました。そしたら大将が「ウチは笑いを作っているんじゃない、テレビを作ってるんだ」と。ライバルは野球中継だとね。そこで『良い子悪い子普通の子』が企画から立ち上がって、視聴率がダーってうなぎ上りで上がっていくのを現場でまのあたりにしちゃったんです

 

 大将から言われたのは、泣ける、感動できるホンを書けと。そこにはいっぱい笑いのフリがある。それをブチ壊していくから、とにかくいいドラマを書け。最初からおかしそうなことを書くなと教わりました。本人は一生懸命に生きている、なのにはたから見るとおかしいっていうのが一流のコメディだって

 

 (弟子時代は)厳しかったですね。大将からは、特に気力だと教えられた。次の朝までに書いてこいって言われたら、ホントに徹夜してやらないと大将は読んでもくれない。今ならわかるんです。気力が実力に勝るときがあるって。実力なんてみんな似通っていて、連続ドラマを先発完投で12話を半年で書く力というのは気力なんですよ

 

 最初の5、6年は何も書かせてくれなかった。僕は弟子といっても、お金もらって映画やブロードウェイで芝居見てこいって言われてました。まったく苦労知らず(笑)。1年に400本近く映画を見る毎日。何見ても面白い、頭の中がスポンジ状態の時代だったから、それが全部染み込んでる。だから財産ですね、そのころ見た映画とか経験したいろいろなことが

 

 大将のところへ行ったときは、四畳半で書いて映画で頑張ってるかつての仲間には裏切り感がありました。でもトレンディドラマを書き始めてわかったのは、僕みたいに遊んで暮らして、恋もして女遊びもしてきたほうがネタがあるんですよ

 

 (最近作のテレビ『世界で一番パパが好き』について)親子物というのは、もう当初の企画としてあったものです。ただ、僕がやる以上、ちょっと変わった世界観でやりたい。親子物と言えば古典ですから、昔の日本テレビのシリーズみたいにやる方法もあったんですが、あのホンは日本の若手のインディーズ監督が書くようなものを狙ってみたんですよ。なんとなくおかしい、ちょっとダルめなんだけど、才気で書き飛ばしてみた感じで。『踊る〜』が洋画の字幕を狙って、1行でポンポンってテンポよくやったのに対して、こっちは感性で書いたって感じ

 

 (『パパ好き』は)情とシステムの融合というテーマがあったんです。『踊る〜』が『太陽にほえろ!』のアンチで始まっていながら、後半で信頼とか人間性に向かっていったのは、もともと僕の資質でもあるんですね。『パパ好き』は根底に流れているのは情なんだけれど、行われていることは非常にシステマティックなギャグ・コメディであるという。環境設定もひとつのビルの中で、すべて上下の行き来で展開していくというふうにね

 

 視聴率を気にはしないです。ある程度の目的は果たせたと。親子物ってテーマが難しいですから。

 最近、テレビの向こうの視聴者のことを考えると、環境設定ということをシビアに考えざるを得ないんです。生活スタイルが細分化されて、なかなか「これ、あるあるある」ってわけにはいかなくなった。ビルの中の話にしたのは、人間を通して社会を語るとき、現代ではむしろ小さな世界に閉じ込めて展開させたほうがやりやすいんですね。マンガ原作が増えているというのも、視聴者に向けて環境設定がしやすいんですね(以上、「週刊SPA!」1998年10月7日号より引用)

 

 「ダルめ」で「才気で書き飛ば」したようなトーンというのは、以後の君塚作品に頻出する。好意的に見れば、次なる領域へ飛び立ったと言えるのかもしれないが…。

 

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脚本(シナリオ)通りにはいかない!

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