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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

久世光彦 インタビュー(2002)・『一九三四年冬 乱歩』『蕭々館日録』(3)

久世光彦 書籍

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Q:『一九三四年冬 乱歩』の作中の(小説)「梔子姫」と、ホテルでの乱歩を描いた部分は同時進行で書かれたのですか? それとも乱歩になりきった久世さんが「梔子姫」をまず完成させ、それから作品全体に取りかかったのですか?

 

A:前者です。書きながら「梔子姫」の内容を考えました。もし誰か暇な人が、作中で少しずつ書かれている「梔子姫」を全部つなげて読んでみたらわかるのですが、あれはたいした小説じゃないんです(笑)。矛盾もあるし、リズム的にもあまりよくない。ところが、少しずつ続きを読むとよく見えてしまう。それは、はじめから狙っていたことなんです。

 ぼくは文体模写が大好きで、乱歩という人は非常に文章がまずいので、文章的には超えることができると最初に思ったんです。しかし、トリックなどの発想ではかなわない。だから、怪奇小説というか、不思議な、気味の悪い世界を描く作品で勝負しました。「梔子姫」を乱歩作品だと思って図書館で探した人がたくさんいたそうですが、念のために言っておきます。あれはぼくが大嘘つきになって書いたものです。

 『蕭々館日録』の中の「或日の秋瑾」も、同じようにぼくが遊んだものです。その点、『一九三四年冬 乱歩』と『蕭々館日録』は同じ系列の作品だと言えますね。そうした作品のなかで、大正や昭和初期の風俗論をやったり、探偵小説をやったりしながら、読者に読んでほしい本を挙げているんです。それをすごく意図的にやったのが『卑弥呼』。百何十冊の本が登場するのですが、全部文庫になっていて、書店で確実に入手できることを確認してから書きました。

 

Q:『蕭々館日録』は、「中央公論」に連載したものを1冊の本にするにあたり、どのくらい手直しされたんですか?

 

A:誤字・脱字や明らかな間違い以外は、一切手を入れていません。他の作品も全部そうです。あとで直すようじゃアカンと思っていますから。書いているときの勢いを大切にすると、当然そういう考え方になると思います。ですから、ぼくは、やれと言われれば、また同じ文章を書くことができます。

 キザな言い方をすると、文字にも美学ってあると思うんですよ。ぼくは、目で見て素敵で、耳で聞いて心地よい文章じゃないと嫌なんです。だから、いつも10枚くらい書いたら声に出して読み、さらにまた10枚くらい書いたらまた一番頭から音読して、引っかかったところを直しています。最後のほうになると大変なことになるんですけどね(笑)。他の作家に比べて改行が少ないのは、そこまで一気に読んでほしいという気持ちがあるからです。「トイレに行くなら、次の改行まで読んでから行ってください」と読者の方にお願いしたいくらいです(笑)。

 

Q:私にとって久世作品の魅力は通俗的な紋切り型を官能的な文章でコンテンポラリーなものとして再現することに尽きます。民話や神話にも似た紋切り型へのこだわりを久世さんご自身はどの程度、意識なさっているのでしょうか? また、そこに久世さんの小説に対する考え方があらわれていると考えても差し支えないのでしょうか?

 

A:非常に嬉しい質問です。ぼくは、通俗やパターンが大好きなんです。で、それを自分の文章で書くとこうなります、という「いきがり」があるんです。もっと言うなら、通俗を自分の文章で魅力あるものにすることが文芸のルールだと思っています。

 大きな声で言うべきじゃないのかもしれませんが、ぼくは、小説でもエッセイでも、ぱっと2ページくらい読んで「これは久世の文章だな」とわかるものしか書いていないつもりです。今、純文学の雑誌でも、大衆誌でも、誰が書いているのかわからないものが多いのは、文章に個性や色気がないからでしょうね。それがたとえ新聞の書評であっても書き手のスタイルがなきゃいけないはずなのに、ぱっと見てこの人の書評だとわかるのは、川上弘美中野翠斎藤美奈子ぐらいでしょう。ぼくは、書評であっても「自分」が出なきゃ嫌なんです。正しい書評を書くつもりはなく、「あいつはあんなことを言ってるよ」といったものでいいと思うんです。

 

Q:久世さんはしばしば幼年期や少年期の記憶を小説に取り入れるものの、それ以降、例えば大学時代やテレビ局に勤めていたり、独立して番組制作会社を興された後のことには触れることがないように思われます。それは端的に言って小説にはしにくいということなのでしょうか? 今後、そうしたご自身の体験をベースにした小説を書かれることはありうるのでしょうか?

 

A:そのへんの話は、エッセイにもほとんど書いていません。なぜかと言うと、あまりに具体的に恥多き人生だったからです(笑)。書くとたくさんの人に迷惑をかけてしまう。ですから、今のところ、自分の体験をベースにした小説を書くつもりはありません。よほど行き詰まったり、医者からあと半年の命だと言われたりしたら、死にものぐるいで書くのかもしれませんが、そのときになってみないとわかりませんね。

 

Q:今後の出版スケジュールなどを教えていただけますか。

 

A:ぼくの本って、出るときは恥ずかしいくらい、やたらと出るんですよ(笑)。今年はもうすでに新刊が3冊、文庫が2冊出ているし、去年は新刊だけで5冊も出たんです。多少コントロールして、今すぐじゃなくていいものは先延ばしにしているんですけどね。順不同で言うと、「本の話」に書いた「飲食男女(おんじきなんにょ)」を『おいしい女たち』に改題して、来年の3月頃に出します。「飲食男女」はサブタイトルにします。今「青春と読書」に連載している「約束の夏」という小説は、これも改題して来年の5月頃に出して、秋頃に新潮社から『女神(じょしん)』を出す予定です。あと、前に山本夏彦さんとの共著で出した『昭和恋々』のパート2が7月くらいに出ます。今度はぼくひとりのタイトルになると思います。(構成:島田明宏

 

以上、BOOKアサヒコムより引用。 

蕭々館日録 (中公文庫)

蕭々館日録 (中公文庫)

 

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