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対談 実相寺昭雄 × 富岡多恵子 “映体と時代 映像の現場から”(1974)(3)

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【 “かたち” と気持主義】

 実相寺昭雄監督は、俳優が演じる役のキャラクターがどんな気持ちなのかを気にすることに関して非難していた。以下の件りでは、そこが改めて強調されている。

 

実相寺 演技論で、日本はかたちと気持に分けると、近代の日本は気持についちゃった。映像芸術とか演劇が。これがいちばんいけないと思うんだ。

 

富岡 感情移入とか意識の流れが大事だってことでね。昔はかたちだったんですよ。

 

実相寺 ええ、ロマンチシズムまではかたちだったんです。フランケンシュタインというのは、十八世紀から引きつづいてきた十九世紀のロマンチシズムの、つまり気持のやさしさの沸騰点がああいうかたちになった、とも言われます。そういうことを素通りしちゃってるんです。今、怪獣物があるけど怪獣が気持で動いちゃうんだ(笑)。怪獣まで気持で動いちゃいかんと思うんだ。今は、ロマンチシズムの昂揚した社会じゃないのに、気持の怪獣が人間の代弁で工業社会のコンビナートこわしたり、そんなのむなしいんだよ。怪獣が進歩的な顔したって駄目なんですよ。人間のささやかな気持の代弁者にすぎないわけで、これは明治以降の日本の社会を象徴しているね。

 

富岡 日本の芸能が西洋と違うところは、かたちから入って気持が結果なのね。でも近代芸術というのは気持主義だから。

 

実相寺 かたちであるべき怪獣物とか「ノストラダムスの大予言」のような作品があっても、俳優さんが虚実皮膜のあいだを越えるため、監督に「怪獣に追われたとき、こういう台詞は吐けるでしょうか」なんて気持でせめられてくると、監督は絶句するしかないわけですよ。

 

富岡 今の俳優ってだいたいそれね。気持から入ってくる。かたちから入っていかない。新劇はことにそうね。

 

実相寺 だから銭金かけると千人要るところを、十人で気持さえ盛り上げればなんて、すりかえるんだよ。

 

富岡 だから活動写真のスペクタクルは出てこない。

 

実相寺 つらいところは、千人いないとなると五十人でかたちをつくろうかと思ってもつくれないんだ。そうなるとカメラはやっぱり寄るわけだ。アップになると気持になる。気持をくいとめるためにもっと寄っちゃう、鼻とか目とか。そうするとオブジェでしょう。これは観念なんだ、今の映像の経路を言うと。

(以上、「現代詩手帖」1974年10月号より引用)

 

 “かたち” に関しては直近の映画『哥』(1972)のクライマックスにおける主人公の台詞「形が大事なんです。形さえあれば、喪われた魂もいつかまた宿ることができるんです」が思い出される。

実相寺 具象の絵をつきつめて、ある個人の闇から抽象に入っていったというんじゃないからね。銭がないからそうなる。あとから観念をつけていくわけだよ。

 

富岡 詩は銭のいらない仕事ね。極端に言えば原稿用紙も小説ほどいらへんし。だから逆に工業社会のいろんな悪辣なものにさらされていない。温存されている部分がある。ぬくぬくしているところがあって、それは逆にヤバイと言えばたいへんヤバイですよ。

 

実相寺 ぼくは今度、中世の映画をつくるけど、これもむずかしくなるのかなあ…

 

富岡 むずかしい映画ってのはよう見んわ。大岡(信)さんのシナリオで、むずかしい実相寺さんの監督で、しかも小道具までむずかしいとなると(笑)。

 

実相寺 監督はむずかしい映画を撮ろうと思ってるわけじゃないんだけど。

 

富岡 しょうがなく、そうなるんでしょう。

 

実相寺 そう、これほど哀れなことはないですよ。さびしいよ。だからせめて気持を入れずに何とかかたちだけを再現したいというのは、残された誠実みたいなものですよ。(同上)

 今度つくると言っているが、この対談の時点(1974年8月16日)で詩人・大岡信の脚本による13世紀後半の宮廷を舞台にした『あさき夢みし』はおそらくほぼ完成していたはずである(1974年10月公開)。

 対談を読むと実相寺監督自身にも、自己の美学を貫徹できないフラストレーションや危機感があったことが伺える。後年には『あさき夢みし』のようなコマーシャルベースでない一連の自主制作でも「妥協」しながらものづくりをしていたと自嘲していた(『夜ごとの円盤』〈大和書房〉)。実相寺監督はエッセイやインタビューなどでは飄々としたイメージであったけれども、この対談記事ではそんな才人のあまり表に出さなかった悪戦苦闘と嘆きが偲ばれる。

 

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